TRAVEL

柏井壽のちょっと奥を愉しむ
京都人の美味しい日常
十二月某日 たまには祇園の奥へ

2023.12.1
<small>柏井壽のちょっと奥を愉しむ</small><br>京都人の美味しい日常<br>十二月某日 たまには祇園の奥へ

京都を知り尽くした作家・柏井壽さんが、秋から冬へと移り変わる街の日常や表情を織り交ぜながら、京都めぐりの楽しさを伝えるエッセイ。最後は、ふたつの美術館をお目当てに祇園の奥を訪れます。

≪前の記事を読む

十二月某日
たまには祇園の奥へ

祇園から足が遠のいて久しい。ひとえに観光客の多さゆえのことだが、祇園にしかないものもあり、たまには出向かねばと、京都市バス46号系統に朝早く乗り込む。
 
千本通から四条通へと、遠回りするので時間はかかるが、市内遊覧と思えば愉しいものだ。
 
小1時間のバス時間を愉しみ、祇園のバス停で降りると、祇園のシンボル「八坂神社」は目の前。西楼門をくぐって、蘇民将来命を祀る摂社「疫神社」で疫病退散を願う。
 
今日のお目当てはふたつの美術館。どちらもオープンは10時なので行きつけの「喫茶農園」でコーヒータイム。普通のコーヒーを飲みながら、四条通をぼんやり眺める。昔ながらの喫茶店は時間がゆっくり流れる。
 
四条通を挟んで斜め向かいの「何必館・京都現代美術館」は、賑やかな場所にありながら、中に入ると静粛な空気が流れている。相変わらずシャープな展観で、北大路魯山人の作品に圧倒される。陶芸もだが、独特の書に強く惹かれる。ミュージアムグッズも見逃せない。魯山人の一筆箋とクリアファイルを買う。
 
ふたつ目の美術館の前に、四条通を少し西へ歩き、「鍵善良房」へ。民藝の香りが色濃く漂う店で、決まって買い求めるのは、季節の上生菓子と干菓子の「菊壽糖」。
 
菓子そのものもだが、この店は佇まいがいい。人間国宝・黒田辰秋の手になる民藝家具が圧巻。棚に飾られた河井寬次郎のうつわは美術館さながら。屋号を書いた武者小路実篤の書額も、いい味を出している。
 
和菓子店というものは、ただ菓子を商うだけでなく、京の和菓子文化をも商うべきだと思っている。

そろそろ腹ごしらえ。ランチは裏手にある「廣東料理平安」のカラシソバに決めている。メディアに取り上げられたせいで混み合うこともあるが、正午の開店一番なら大丈夫。近頃の何でもブームにしてしまい、同じ店ばかり取材する傾向は困ったものだ。
 
いつの間にか京都中華の代表料理にまつり上げられたカラシソバだが、この店のそれはからしの効き方が違う。中学、高校、大学と三段階のからし量があり、選んだのは高校。大学にはまだ手を出せない。これでもつーんと鼻にくる。シューマイを追加してビールを一本。
 
変わらぬ味わいに満ち足りて店を出ると行列ができている。京都に来れば美味しい店に並ばなきゃ。そんなブームは早く終わってほしいものだ。
 
いつも使っているハンドクリームが切れかけていたのを思い出し、四条通を東へ。向かうは「かづら清老舗祇園本店」。つばき油をベースに、柑橘系の香りが爽やかなハンドクリームはボディクリームにもなり重宝。いかにも祇園らしい店には、ポーチなんかの和小物も並び、いつも気を引かれる。
 
腹ごなしに、京都最古の禅寺といわれる「建仁寺」の境内を歩く。
 
「けんねんさん」と呼び親しまれているように、地元民憩いの場でもある寺は、舞妓芸妓が行き交う花見小路通の奥にあって、広大な敷地には静かな空気が漂っている。俗の祇園から一歩奥に入ると聖地が広がる。このあたりがいかにも京都らしくて好きだ。
 
観光寺院ではない禅寺ゆえ、両足院をはじめとした多くの塔頭は、季節の特別拝観以外は拝観できないが、建仁寺の広い境内は開放されていて、三門や法堂、方丈庭園などを観て歩くと、あっという間に時間が過ぎる。
 
欠かせないのは本坊中庭の「潮音庭」。四方から鑑賞できる庭が珍しい。禅宗の四大思想である地水火風を象徴するといわれる「○△□乃の庭」とともに、「建仁寺」を代表する禅庭だ。
 
さて今日の本命は「ZENBI」。小さな美術館ながら、民藝を新鮮な感覚で展観していて、わざわざ足を運ぶ価値は十分。
 
京都に和菓子店が何軒あるか数え切れないが、美術館まで開いたのは鍵善良房だけだろう。京菓子文化を見事に昇華している。
 
特筆すべきは民藝を過去の遺物とせず、いまに息づいているものとして展観していることだ。大正生まれの民藝がこのZENBIで令和のいまもみずみずしく輝いている。
 
若い人たちの間で民藝が注目されていると聞くが、柳宗悦が「用の美」という言葉で唱えた通り、民藝というものは、ただ鑑賞するのみならず、使ってはじめてそのよさがわかるもの。ZENBIと鍵善良房がそのことを教えてくれる。
 
ここでもまたミュージアムショップ「Zplus」に引き寄せられる。
 
自分へのギフトと言い訳をして、つい買い過ぎてしまうのが玉に瑕。
 
祇園町の南側に来たら恵美須参りは外せない。「京都ゑびす神社」へお参りする。初ゑびすのときは境内を埋め尽くすほどの人もいまはまばら。
 
商売繁盛ならぬ仕事充実を祈願して、さてそろそろ夕げの時間。この界隈には何軒も美味しい店があるが、今宵は洋食気分。宮川町近くに近年移転してきた「開陽亭」のドアを開ける。
 
大正4(1915)年創業の老舗洋食店「開陽亭」は以前、先斗町筋にあって、何度も足を運んだがこの店ははじめて。
 
カウンター席に座ってメニューを開き、何度も舌なめずり。あれもこれも食べたい状態。
 
スパークリングワインとオードブル盛り合わせからはじめて、エスカルゴへと続き、メインは暖もとれる温かいメニュー、濃厚なタンシチュー。先斗町時代と変わらぬ味わいに思わず顔がほころぶ。
 
祇園の奥の洋食は、やっぱり味も奥深い。

line

八坂神社
住所|京都市東山区祇園町北側625
Tel|075-561-6155
 
喫茶農園
住所|京都市東山区祇園町南側571 四条花見小路西南角
Tel|075-561-3701
 
何必館・京都現代美術館
住所|京都市東山区祇園町北側271
Tel|075-525-1311
 
鍵善良房
住所|京都市東山区祇園町北側264
Tel|075-561-1818
 
かづら清老舗祇園本店
住所|京都市東山区祇園町北側285
Tel|075-561-0672
 
建仁寺
住所|京都市東山区大和大路通四条下ル小松町
Tel|075-561-6363
 
ZENBI
住所|京都市東山区祇園町南側570-107
Tel|075-561-2875
 
京都ゑびす神社
住所|京都市東山区大和大路通四条下ル小松町125
Tel|075-525-0005
 
開陽亭
住所|京都市東山区大和大路通四条下ル三丁目博多町95-3
Tel|050-1807-2487

《柏井壽のちょっと奥を愉しむ、京都人の美味しい日常》
1|十月某日 9号系統のバスに乗って
2|十月某日 ご近所散歩
3|十一月某日 千本通をめぐる
4|十一月某日 六角通をカニ歩き
5|十一月某日 紅葉の下見に東山の麓へ
6|十二月某日 たまには祇園の奥へ

text: Hisashi Kashiwai  illustration: Yuki Muramatsu
Discover Japan 2023年11月号「京都 今年の秋は、ちょっと”奥”がおもしろい」

京都のオススメ記事

関連するテーマの人気記事