柏井壽のちょっと奥を愉しむ
京都人の美味しい日常
十一月某日 千本通をめぐる
京都を知り尽くした作家・柏井壽さんが、秋から冬へと移り変わる街の日常や表情を織り交ぜながら、京都めぐりの楽しさを伝えるエッセイ。今回は、京都市バス46号系統を使って千本通沿いの名刹と美味を堪能します。
柏井 壽(かしわい・ひさし)
作家。1952年、京都府生まれ。京都人ならではの目線を生かしたエッセイや旅紀行文を執筆。『鴨川食堂ひっこし』(小学館)、『歩いて愉しむ京都の名所』(SBクリエイティブ)など著書多数
十一月某日
千本通をめぐる
いまでこそ烏丸通や河原町通に主役の座を譲っているが、千本通はかつて平安京のメインストリートだった。何度歩いても新たな発見がある興味深い道筋を、市バスと徒歩でたどってみる。
ありがたいことに、うちからは46号系統の市バスに乗れば、北大路通から四条通まで、ずっと千本通をたどってくれる。
千本北大路のバス停の真ん前にある「パン工房たまや」でピロシキを買い、南側の道を東へ入り、道なりに歩けば「船岡山」へと続く。清少納言が「丘は船岡」と枕草子に記したように、平安京の北方を守る存在であり、後の応仁の乱においては西軍の陣地が置かれ、ゆえに一帯を西陣と呼ぶようになった。そんな要衝の地。
低山ながら頂上からの眺めはいい。紅葉に囲まれ、ピロシキをほお張りながら京の街を見下ろす。もしも船岡山がなければ、都はここに置かれなかったかもしれない。
織田信長を祀る「建勲神社」を参拝して千本通へと戻り、市バスで乾隆校前まで。目指すは「引接寺」、通称「千本ゑんま堂」。
ご本尊である閻魔法王の助手を務めた小野篁が精霊迎えの根本道場として開いた寺だ。ゑんまさまが睨みを利かす寺の境内には、紫式部の供養塔が建ち、墓所同様ここでも小野篁との不思議な縁がうかがえる。
千本通を下った東側に建つのが「石像寺」。通称を「釘抜地蔵」と呼ぶ通り、人の苦を釘にたとえ、苦しみを抜き去ってくれる地蔵さまの寺。ぎっしりと並ぶ釘抜に信仰心の深さが見て取れる。
近くの「キッチンパパ」でランチ。人気店ゆえ開店前から待機。お目当てはハンバーグ。母体が米店だからご飯の美味しさは特筆もの。ここもしかし、以前はこんなに混み合わなかったのに。ファンとしては痛し痒しだ。
食後のデザートは「茶寮SENTAMA」。「千本玉壽軒」が近年開いた店で、出来たての生菓子と抹茶。老舗和菓子店の新展開は今後が愉しみ。
ほっこりひと息ついたら「大報恩寺」へ。通称「千本釈迦堂」は、国宝にも指定された洛中最古の木像建築。本尊釈迦如来坐像、快慶作の十大弟子像、六観音像などの仏像は、何度観ても美しさに魅了される。
千本通に戻って市バスで千本中立売へ。西へと歩き「立本寺」を目指す。鬼子母神を本尊とし、幽霊飴伝説の残る寺は、伸びやかな境内で心が休まる。ご近所さんに愛される寺社は訪れるたびに、愛着が増してくる。
日暮れにはまだ時間があるが、「お酒とお料理おまち」へ向かう。
アーケードのある、昔ながらの商店街にあり、昼から夜まで通し営業で、昼飲みや早飲みができる貴重な店だ。
早くからの予約も要らず、行列ができることもないので、ふらりと立ち寄れるのがいい。
なみなみと注がれた泡でのどを潤し、カルパッチョをつまみ、泡をお代わりし、鶏の揚げ物に舌鼓を打つ。〆はヤキメシ。この店ができたことで、千本通かいわいの魅力が倍増したのは間違いない。
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パン工房たまや
住所|京都市北区紫野西舟岡町13-3
Tel|075-451-7277
引接寺
住所|京都市上京区千本通鞍馬口下ル閻魔前町34
Tel|075-462-3332
石像寺
住所|京都市上京区千本通上立売上ル花車町503
Tel|075-414-2233
キッチンパパ
住所|京都市上京区姥ヶ西町591
Tel|075-441-4119
茶寮SENTAMA
住所|京都市上京区上善寺町93
Tel|075-461-5747
大報恩寺
住所|京都市上京区今出川七本松上ル溝前町1034
Tel|075-461-5973
立本寺
住所|京都市上京区一番町107
Tel|075-461-6516
お酒とお料理おまち
住所|京都市上京区三軒町65-32 北野ハイツ102
www.instagram.com/omachi_3kencho
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text: Hisashi Kashiwai illustration: Yuki Muramatsu
Discover Japan 2023年11月号「京都 今年の秋は、ちょっと”奥”がおもしろい」