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柏井壽のちょっと奥を愉しむ
京都人の美味しい日常
十月某日 9号系統のバスに乗って

2023.10.31
<small>柏井壽のちょっと奥を愉しむ<br></small>京都人の美味しい日常<br>十月某日 9号系統のバスに乗って

京都を知り尽くした作家・柏井壽さんが、秋から冬へと移り変わる街の日常や表情を織り交ぜながら、京都めぐりの楽しさを伝えるエッセイ。今回は、京都市バス9号系統で行ける堀川通沿いの名所・名店を紹介します。

柏井 壽(かしわい・ひさし)
作家。1952年、京都府生まれ。京都人ならではの目線を生かしたエッセイや旅紀行文を執筆。『鴨川食堂ひっこし』(小学館)、『歩いて愉しむ京都の名所』(SBクリエイティブ)など著書多数

十月某日
9号系統のバスに乗って

京都市バスを使いこなすと、京都旅が楽になる。著書でもそう繰り返しながら、まだまだ市バス達人の域にまで達していない。いつも決まった系統に乗り、それで使いこなしている気になっているのだから困ったものだ。
 
何しろ人気の高い京都市バス9号系統の、使い勝手のよさに気づいたのも、ごく最近のことなのだから。
 
ぐるりと一周回ったり、くねくねと曲がることの多い京都市バスの中で、堀川通をひたすら直進する9号系統は、異色の存在といえる。
 
始発は洛北、西賀茂車庫前。京都市内の北の端といっていい。御薗橋通から堀川通に入ると、南は京都駅までを、一直線に進む。復路も同じだ。
 
堀川通沿いには、有名無名併せて、いくつもの見どころや、美味しい店がある。とりあえず9号系統に乗ってから、何処に行くかを考える。今日は9号系統の日だ。
 
次の停留所のアナウンスを聞き、気が向いたバス停で降りる。
 
地下鉄・バス1日券を買っておけば、何度でも乗り降りできるのがありがたい。
 
最寄りの「加茂川中学前」から乗り込んで、5つ目のバス停「北大路堀川」で降りると、堀川通を挟んで向かい側に「紫式部・小野篁墓所」が見えるが、その前にちょいと寄り道。高校生の頃から通っている「喫茶翡翠」でコーヒータイム。
 
母校紫野高校への通学路にあった店は、半世紀以上経ても、何も変わっていない。高校生の頃を思い出しながら飲むコーヒーは切なく苦い。
 
ひと息ついて墓参り。京都の歴史に欠かせない二人の墓所が、なぜ並んで建っているのか、何度お参りしても不思議で、いまだその謎は解けていない。
 
墓参りを済ませ、堀川通の西側歩道を南へ歩く。紫明通を越えてすぐ、「瑞光院 赤穂義士四十六士遺髪塔跡」の石碑が見える。いまは山科に移転した「瑞光院」だが、かつてはここにあった。どんな寺だったのか、ここの謎も未解明だ。
 
さらに南へ歩き、次の信号の手前に建つ山門をくぐると「興聖寺」。別名を「織部寺」と呼ぶように、古田織部が建てた寺。ふたつの茶室をもちながら、伸びやかな空気をもつ、親しみやすい寺だ。
 
元に戻って信号を東に渡ると「水火天満宮」は目の前。水火の天神さんと呼ぶ神社には道真の霊が降り立ったといわれる登天石もあり、桜の名所として知られているが、いつも参拝客は少ない。
 
通りを挟んで建つ、本阿弥光悦ゆかりの寺「本法寺」の「巴の庭」はいつ観ても落ち着く。観光とは無縁の寺と神社を、交互に参拝すると、気持ちが整ってくる。
 
茶道総本山ともいえる小川通を南に歩き、「人形寺」とも呼ばれる「宝鏡寺」へ。ここの庭もまた、四季折々の草花が目と心を癒してくれる。
 
堀川寺之内の信号を西へ渡り、寺之内通を歩いて「妙蓮寺」の山門をくぐる。寺之内という通り名が示すようにこの界隈には寺院が建ち並んでいて、隠れ寺めぐりには事欠かない。ガイドブックには載っていなくても、訪れるべき寺はいくらもあるのが京都という街だ。
 
堀川寺ノ内バス停から9号系統か12号系統に乗って南へ。バスの窓から眺める、このあたりの銀杏並木は見事。紅葉もいいが、神々しくも美しい黄葉も捨て難い。

堀川今出川のバス停で降りて、今出川通を北へ渡り、東へ歩くと「白峯神宮」の鳥居が見える。
 
この神社には「まり」の守護神として、精大明神が祀られていることから、球技の神さまとして崇められているが、ここでのお目当ては水と木だ。
 
清少納言が枕草子に書いた「飛鳥井」と、潜龍大明神の御神体とされる井戸「潜龍井」の水比べ。ふたつの井戸はわずかしか離れていないのに、水温も味も異なるのをいつも不思議に思う。
 
オガタマノキ、三葉の松など、さほど広くない境内に植わる数々の霊木は、季節を問わず霊験あらたかだ。
 
参拝を済ませ堀川通に戻って南へ歩く。東堀川通沿いの水辺にしつらえられた遊歩道は、穴場の散歩道。観光客の姿はなく、ご近所さん御用達。
 
遊歩道が広くなったり狭くなったり、曲がったりしながら、橋の下をくぐるのが愉しい。
 
一条戻橋の次は、昔の市電が通った煉瓦橋台の跡。どちらも京都の歴史のひとコマをいまに残している。京都の歴史をたどりながら散策できるのも、この遊歩道のありがたいところ。
 
遊歩道は「二条城」あたりまで続いているが、途中で上に上り、下立売通を東へと歩く。目指すは「京都府庁」。
 
「京都府庁旧本館」の東南端に最近できた「salon de 1904」は、クラシックな佇まいと落ち着いた雰囲気で、道歩きの休息スポットとして最適。
 
「龍之助」と名づけられたブレンドコーヒーが旨い。赤いじゅうたんに白壁、クラシック家具と、いまどきのカフェにはない重厚さがいい。
 
ひと息ついたら堀川通へ戻り、遊歩道を伝って「二条城」へ。
 
世界文化遺産に登録されているとあって、いつも入り口は混み合っているが、城内は広いので散策するのに支障はない。東大手門から入り、「唐門」、「二の丸御殿」、「本丸御殿」(現在修復工事中)と建造物の見学はそこそこにして、庭園をめぐるのが「二条城」の醍醐味だ。清流園や本丸庭園、桜の園、梅林など、爽やかな秋風吹く、変化に富んだ庭を歩く。
 
秋の日は短い。そろそろ陽が沈む。早めに一献となれば、目と鼻の先の「二条城おはな」しかない。東大手門から城外に出て、堀川通を南へ。
 
岩上通に建つ店は気軽な居酒屋ながら、串カツをメインに多種多様な料理を揃えていて、何を食べても安くて旨い。加えてスパークリングワインもあって、日本酒も豊富に揃っている。まだ明るいうちから飲んで食べて、あとはまたバスに乗って帰るだけ。9号系統の日はいい一日になった。

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喫茶翡翠
住所|京都市北区紫野西御所田町41-2
Tel|075-491-1021
 
興聖寺
住所|京都市上京区堀川通寺之内上ル
Tel|075-451-4722
 
水火天満宮
住所|京都市上京区堀川通上御霊前上ル扇町722-10
Tel|075-451-5057
 
本法寺
住所|京都市上京区小川通寺之内上ル本法寺前町617
Tel|075-441-7997
 
宝鏡寺
住所|京都市上京区寺之内通堀川東入百々町547
Tel|075-451-1550
 
妙蓮寺
住所|京都市上京区寺之内通大宮東入ル
Tel|075-451-3527
 
白峯神宮
住所|京都市上京区今出川通堀川東入飛鳥井町261
Tel|075-441-3810
 
二条城
住所|京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
Tel|075-841-0096
 
salon de 1904
住所|京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町 京都府庁旧本館内
Tel|075-414-1444
 
二条城おはな
住所|京都市中京区上巴町427-2
Tel|075-801-1088

 

十月某日 ご近所散歩
 
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text: Hisashi Kashiwai  illustration: Yuki Muramatsu
Discover Japan 2023年11月号「京都 今年の秋は、ちょっと”奥”がおもしろい」

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