アイヌの文化と技を再発見する阿寒湖の旅【中編】
阿寒湖を訪れる楽しみは、阿寒カルデラの中心に位置する雄大な自然、地域性豊かな食、北海道でも有数の温泉地としての顔などさまざまありますが、今回は阿寒湖アイヌコタンの工芸を中心としたクリエーションに注目。阿寒ユーカラ『ロストカムイ』の舞台監督も務める木彫作家・床州生さんとアイヌ工芸と出合い衝撃を受けたという彫金作家・下倉洋之さんにお話を伺いました。
「身近なもので伝統をアップデートするのは当たり前」
床州生(とこ・しゅうせい)
木彫作家。阿寒湖温泉生まれ。「床ヌブリの店 ユーカラ堂」店主。札幌でデザインを学んだのち東京へ。その後阿寒湖に戻り、アイヌ伝承舞踊などを学び、アイヌ伝統の盆である「イタ」を制作する木彫作家に。父は木彫作家で舞台劇の演出家でもあった床ヌブリ氏。自身も現在阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」で上映されている、アイヌ文化とデジタルアートを融合したエゾオオカミとアイヌの人々のカムイを通じた関わりを描いた阿寒ユーカラ『ロストカムイ』の舞台監督も手掛ける
アイヌ古式舞踊とデジタルの融合と魅力的なエゾオオカミをめぐる神話的世界で多くの来場者を集めている阿寒ユーカラ「ロストカムイ」。その演出家であり舞踊家、アイヌコタンで木工作品を手掛ける木彫家である床州生さん。
「もともとデジタルが好きで、プロジェクトションマッピングを背景に踊ったこともありました。そのとき、現代のカムイの世界とはこういうものなんじゃないかと思いました」とロストカムイで舞踊とCGを融合した劇を企画した経緯を話してくれた。
「阿寒湖のアイヌは昭和30年代に釧路、旭川、札幌、帯広などの地に住んだアイヌが、前田一歩園財団の援助によりこの場所にコタン(集落)をつくったのがはじまり。いろんな考え方がミックスしたハイブリッドが阿寒のアイヌの特徴です。ですので、身近にあるものを使って伝統をアップデートするのは当たり前だと思っています」
人間の都合というエゴが引き金となりこの地球上から絶滅したエゾオオカミ。「ロストカムイ」の中で失われつつある豊かな自然の象徴として描かれたエゾオオカミをめぐる物語を通じ、アイヌの人々のカムイへの畏敬の念、自然観が浮かび上がる。本当の意味での自然との共生とは何かを問いかけ、「天から与えられたものに無駄なものなどひとつとしてない」ことを語りかける。
幻想的で美しい映像、圧倒的な音響、そして躍動する人間の身体が融合した天上(カムイ)と人間(アイヌ)が神話的世界観の中でスパークする物語空間を、オリジナルストーリーで創り出した「ロストカムイ」。
「なぜ踊るのか、唄うのか、エンターテイメントを通じアイヌ文化を伝えたいと思っています」
阿寒ユーカラ「ロストカムイ」
会場|阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」
住所|北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉5-2
Tel|0154-67-2727
上演時刻|11:00、最終上演21:00(期間、曜日によって変更あり)
定休日|不定休
入場料|大人2200円、小学生600円
※2021年春より新装版を上演
https://www.akanainu.jp/lostkamuy/
「阿寒湖の工芸といえば木彫りや刺繍が有名ですが、いつか銀細工も工芸の柱にできたら」
下倉洋之(しもくら・ひろゆき)
彫金作家。神奈川生まれ。20歳より彫金をはじめ、バイク旅行で訪れた北海道で阿寒湖のアイヌ工芸と出合い衝撃を受ける。東京で自身のブランド「ague」を立ち上げ、彫金作家として活動、2013年に妻の絵美さんの実家がある阿寒湖に移住し、阿寒湖アイヌコタンにもほど近い親戚である床ヌブリ氏のアトリエを引き継ぎ、2019年、自身の工房として「cafe & gallery KARIP」をオープン。阿寒湖ではアゲさんとして親しまれ、珈琲の焙煎家としての顔ももつ
はじめて出会ったときから、阿寒湖の人々の人間的な強さに影響を受けているという下倉洋之さん。阿寒湖への移住に際してはさまざまな縁が繋がり、阿寒アイヌの工芸家・床ヌブリ氏の元アトリエで彫金作家として活動をする。
「阿寒湖の工芸といえば木彫りや刺繍が知られていますが、ゆくゆくは銀細工もこの街の工芸の柱にすることができたらという野望をもって仕事をしています。そのためにもさらに腕を上げなきゃと、努力の日々です」
最近では、阿寒湖で美味しい珈琲を飲みたいと、好きな珈琲の自家焙煎に自ら取り組む。アトリエに併設した「cafe & gallery KARIP」では、コージーな空間で下倉さんが淹れる珈琲を愉しむことができると住民や観光客にも好評だ。アイヌコタンから足を伸ばし訪れてみたい。
下倉絵美(しもくら・えみ)
織物作家。阿寒湖温泉生まれ。東京の大学に進学。2003年に結婚した夫の下倉洋之氏とアートジュエリーブランド「Ague」を運営。東日本大震災後に阿寒湖に帰省、妹の富貴子さんとアイヌの「ウポポ」を唄う姉妹ユニット「KAPIW & APAPPO」としても活動中。工芸作家としてアイヌ伝統のゴザをベースにしたつくり手としても活動が注目される
「この土地に生まれ育った子どもたちはお年寄りが唄うウポポにあわせて踊りを習うんです。アイヌである私たちにとって唄は家で唄うもので、人前で唄うことは普通じゃないことでした。というのも、ウポポには神さまに向けて唄うものであって、私自身はむやみに扱ってはいけないと思っています。祖母や母から聴いていた大事なものだから、唄うときには、その大事なものをどうやって伝えるか考えながら唄っているんですよ」
普段の暮らしでは育児に家事、店の手伝いに忙しいと笑う下倉絵美さん。アイヌ工芸のつくり手としての顔ももち、水辺の植物である貴重なガマを材に天然の素材で、暮らしや儀礼で使われてきた「ゴザ」をアレンジしたかごバッグやコースターなどをつくる。
絵美さんのものづくりは、素材につかうガマを沼地や川に出向き採集するところからはじまる。ガマは儀式につかうゴザなどに用いられてきたアイヌ民族にとって関わりの深い植物。乾燥させたものを水で戻し、やわらかくして裂いてから使うが、折れやすく、かごバッグのカーブをつくるのは特に難しいのだという。持ち手をつけたり、縁の部分に白樺を使うなど、日常に使いやすいようにオリジナルにアレンジするひと手間も惜しまない。
「唄もそうですが祖母も叔母も母も伝統工芸のつくり手で、それを身近に見て育ちました。私自身はまだまだ工芸家なんて名乗るのは恥ずかしいのだけど、どうすれば土地とつながることができるのか、楽しみながら無理せずマイペースに自分ができることを最大限やっている感じです」
アイヌの文化と技を再発見する阿寒湖の旅
・前編
・中編
・後編
text: Takashi Kato photo: Yuichi Yokota