「Spice Cafe」「HOPPERS by Spice Cafe」
店主・伊藤一城に聞く
“日本×スパイス料理の可能性”
日本にまだ知られていないスパイス料理を表現し続けてきた伊藤一城さん。4年前にオープンした「HOPPERS by Spice Cafe」は、『ミシュランガイド東京2026』で、3年連続ビブグルマンに選出。柔軟な発想でスパイスと日本の食材による新たな料理をつくり出している伊藤さんが考える、ニッポンのスパイスの可能性とは?
伊藤一城(いとう かずしろ)
スパイス料理店「Spice Cafe」店主。2021年、日本橋にスリランカ料理店「HOPPERS by Spice Cafe」をオープン。旬の食材や和のスパイスを用い、日本酒との相性を探るなど、カレーだけではないスパイスの楽しみ方を広げている。著書の『SPICE CAFEのスパイス料理―日々のおかずと、とっておきカレー』(アノニマ・スタジオ)は、 2015年グルマン世界料理本大賞グランプリを受賞。
伊藤さんが考えるスパイスの魅力とは?

世界を見たいと26歳で会社を辞め、無期限の世界一周の旅に出た伊藤さん。3年半にわたる旅で最も心に残ったのが人と食べ物、中でもスパイスだった。日本では「スパイス=カレー」という図式があった当時、スパイスの魅力を肌で知り、各国のスパイス料理を食べてきた。帰国して料理人になることを決意し、3年間の料理修業を経て、2003年、東京・下町の住宅街に「Spice Cafe」をオープンする。
その後、毎年1カ月間は店を休み、インドを中心に海外のホテルやレストランで修業すること10年間。現地でスパイスからつくるカレーの美味しさに衝撃を受けたそうだ。日本ではインドカレーがようやく知られるようになった頃のこと。いまでこそ南インド料理やネパール料理、ビリヤニ専門店などもあるが、伊藤さんは20年以上前から日本人がまだ知らないスパイス料理を提供してきた。
「チリ、ターメリック、コリアンダー、クミン……。インドの家庭でよく使われるスパイスは10種類くらいです。配合を変えるだけでいろいろな味を表現できるのがおもしろかったですね」

伊藤さんのスパイスの考え方は、「スパイスに頼り過ぎない」というものだ。あくまでも大事なのは素材。日本にはこれだけ美味しい素材があるのだから、これまで素材だけでは表現できなかった味わいを引き出すために、スパイスはそっと寄り添うだけでいい。加えて大切にしたいのは“旬”の食材だと伊藤さん。
「インドやスリランカではあまり季節を意識しませんが、日本には四季があります。季節の食材を食べてもらいたいのに、そこにスパイスが覆い被さって旬の味がわからないのはナンセンス。そのためにはスパイスの特性と素材の両方を知る必要があります」
日本の旬の食材を用いた
新しいスリランカ料理の提案をする

東京・日本橋兜町に、スリランカ料理店「HOPPERS by Spice Cafe」をオープンしたのは、2021年のこと。でも伊藤さんは30年前からスリランカ料理に魅せられていた。
「スリランカ料理はインドカレーのようにスパイスがガツンとくるのではなく、素材が立っています。モルディブフィッシュを使うので出汁感があるのも日本人の舌に馴染みやすい。いろいろな野菜を食べられるのもいいですね」

スリランカの定食。北インドのターリーや南インドのミールスと同様、家庭やレストランで毎日のように食べられている。一般的にカレー(おかず)は3、4種類だが、HOPPERSのランチは8〜9種類を盛り合わせたちょっと贅沢なプレート(1650円)。丸干しイワシがいいアクセントに。うつわは沖縄の作家、紺野乃芙子さんのもの
(右上)ポークカリー
軟らかく煮込んだ豚肉のカレー。スリランカのカレーは汁気のないドライタイプが多い。ほとんどのカレーにカラピンチャ(カレーリーフ)、ランペ(パンダンリーフ)を使う
ちなみにスリランカでは、汁気のないカレーが多い。カレーとおかずの区別はあまりなく、スリランカの定食「ライス&カリー」は、ひと皿の上に何種類ものカレーやおかずを盛り合わせたものだ。
スリランカの代表的なスパイスといえば、カラピンチャ(カレーリーフ)とランペ(パンダンリーフ)、ミックススパイスのトゥナパハ。リーフ類は油でテンパリングし、トゥナパハはほとんどの料理に使う。スリランカにはヤシの木が至るところにあるので、ココナッツの油やミルク、フレークなどを多彩に用いる。

店ではスリランカの伝統的な料理をベースに、日本の旬の食材を用いたモダンな料理を提供する。ランチプレートにのせる丸干しイワシは、スリランカの塩漬けイワシからの発想だ。現地ではかなり塩辛いイワシを梅干し感覚で食べるが、HOPPERSでは日本各地のその時期に美味しい丸干しイワシを添えている。魚介類は築地で三代続く仲卸人からその時期に美味しいものを仕入れている。スリランカでも魚をたくさん食べるが、日本ほど繊細な扱いではない。この日、ディナーのカレーに使ったオキシジミは、日本にいてもなかなか味わえない貝だ。トマトベースのカレーに貝の出汁、スリランカのスパイスが合わさり、まさにはじめての味となった。
ランチはスリランカの定食ライス&カリー、ディナーはコース料理をぜひ味わってほしい。日本から発信する新たなスパイス料理に大きな可能性を感じるだろう。
line
のコース全紹介!
≫次の記事を読む

HOPPERS by Spice Cafe
住所|東京都中央区日本橋兜町7-1 KABUTO ONE 1F
Tel|050-3201-4010
営業時間|11:30〜15:00(L.O.14:00)、18:00〜23:00(L.O.20:30)
定休日|水曜
https://hoppers.jp/

Spice Cafe
住所|東京都墨田区文花1-6-10
Tel|03-3613-4020
営業時間|11:30〜15:00(L.O.14:00)、18:00〜23:00(L.O.20:30)
定休日|月・火曜
※土・日曜のディナーはコースのみ
https://spicecafe.jp/1-1
text: Yukie Masumoto photo: Maiko Fukui
2025年11月号「実は、スパイス天国ニッポン」






















