日本のスパイス、再発見!
料理研究家・うすいはなこと語る、
和スパイス(わさび、からし、山椒…)
日本ならではのスパイスを見出し、新しいスパイス料理を日本から発信する、日本料理料理人・うすいはなこさんと「Spice Cafe」店主・伊藤一城さんの二人のスパイストーク!スパイスの定義のおさらいから始まり、日本の食文化とスパイスの関わりについても紐解いていく。
うすいはなこ
料理人、食文化講師。江戸料理、日本の魚食文化、日本酒に明るく、日本の食文化を広く伝える活動をしている。著書に、干物愛にあふれた『干物料理帖』(日東書院本社)がある。
伊藤一城(いとう かずしろ)
スパイス料理店「Spice Cafe」店主。2021年、日本橋にスリランカ料理店「HOPPERS by Spice Cafe」をオープン。旬の食材や和のスパイスを用い、日本酒との相性を探るなど、カレーだけではないスパイスの楽しみ方を広げている。著書の『SPICE CAFEのスパイス料理―日々のおかずと、とっておきカレー』(アノニマ・スタジオ)は、 2015年グルマン世界料理本大賞グランプリを受賞。
日本はインドに負けぬ
スパイス大国

日本料理で出番の多いからしは、産地が異なるものを数種類常備。山椒、七味唐辛子、柚子胡椒なども料理に合わせ使い分けている
伊藤 まずスパイスの定義をおさらいすると、スパイスとは植物の一部分であり、食べ物や飲み物に香りや風味、辛み、色をつけるものです。それが植物の果実、花、つぼみ、樹皮、種子、根茎などさまざまな部分で、ドライもあればフレッシュもある。だからインドでは、スパイスとハーブの境界線はあいまいです。カレーリーフもスパイスですから。
うすい そういう意味では、日本は昔からスパイスとハーブ天国ですね。わさび、からし、山椒、セリ、みょうが、くちなし……。ゴマや柑橘もスパイスといえます。
伊藤 七味唐辛子は典型的な日本のミックススパイスですね。

うすい 日本でスパイスは、そもそもは薬からはじまりました。そして日本とインドの大きな違いは、日本には江戸時代の終わりぐらいまで、油で調理する食文化がなかったということ。インドのように、スパイスをテンパリングして使うということはない。薬味として添えるという使い方です。
伊藤 そこがおもしろい。インドやスリランカだと、熱した油にホールスパイスを入れることで香味油をつくり(テンパリング)、その油でタマネギを炒めることでカレーのベースができるという考え方です。スパイスと油は相性がいいですから。仕上げにスパイスを振りかけることはあまりない。
うすい 日本では粉がらしを上からかけることは絶対にないです。水や酢で溶いたからしを添えるか、出汁に溶いてゆでた小松菜を浸けるとか。水とのリンクですよね。
伊藤 油じゃないんだね。
うすい 日本には飛鳥時代ぐらいからスパイスがあったのに、料理のベースの味づくりに入ってなかった理由は、油がなかったからだと思うんです。日本は水の文化ですから。スパイスをベースの味つけに使ってはいませんが、日本では魚をスパイスで食べているとはいえるかもしれません。わさびやからし、タデ酢もそう。辛味大根をおろして一味唐辛子を振り、醤油をかけても美味しいです。
伊藤 なるほど。だからこそ和のスパイスと油を掛け合わせれば、表現が広がる可能性がある。スパイス業界のベクトルは、いま、ここに向いています。
和スパイスの
シングルオリジン

うすい 日本ではスパイスも野菜と同じように、「旬」と「産地」という要素があります。私がからしを数種類使い分けているのは、西洋がらしと和がらしでは、風味もツンと鼻にくる度合いも大きく違うから。同じ和がらしでも北海道産と福井産では違います。北海道産はツンとくる「からしらしさ」が強く、福井産は旨みが強いので、料理や食べ手に合わせて使い分けています。この鼻にくる刺激をパツンと切るには、ビールではなく、日本酒なんです。だから日本酒と楽しむ場合とそうではない時で、からしの利かせ方を変えるのが理想です。
伊藤 インド、スリランカにその考え方はないですね。もちろん本当は産地によって香りが違うんですよ。コリアンダーにしても、沖縄、北海道、インド、どこでも栽培できますが、みんな香りが違うはずなのに、向こうでは産地の違いをまったく気にしてない。産地、つまりシングルオリジンのブームはスパイス界にも絶対に来ると思っていたら、日本の料理人はすでに、産地ごとのからしの特徴を把握し、使い分けていたとは!
うすい わさびはその典型で、豊洲市場には多くの産地のものが並んでいます。今日はマグロにするから粘性の高いわさびにするとか、平目にはサラッとした中伊豆産がいいとか。何種類か用意し、ネタによってわさびを替える寿司店もあります。
伊藤 おお! 日本人は昔からスパイスのシングルオリジンを使いこなしているという衝撃の事実。インドより日本のほうが、繊細にスパイスを使っていたとは、なかなかの発見です。
新しいスパイスを探し、
スパイスをつくる

日本各地に自生する植物からなる〈スパイスを探す〉シリーズ。①月桃の実 ②オオバクロモジ ③ハマナスの実 ④ガマズミの実(佐渡塩と) ⑤ヤナギタデ ⑥ツチアケビの実 ⑦スジアオノリ。インドのスパイスにはないやさしい香りをつけることができる
うすい ところで、この容器に入ってるパウダー、なんですか?
伊藤 さっき僕はスパイスの定義を話しました。スパイスは植物の一部で……という。そこに立ち返ると、日本人がスパイスとして認識していないものがたくさんあるのではと思い、新しいスパイスを探しているところです。たとえば、ツチアケビを乾燥させたものはバニラ香がするので、お菓子にもカレーにも使えます。月桃の実とカラキの葉でチャイをつくるとすごく美味しいです。本場インドのチャイとは全然違って。
うすい 香りが優しいのでしょうね。このマッシュルームや、ビーツというのは?

伊藤 これらはぼくの〈スパイスをつくる〉シリーズです。マッシュルームは徹底的に乾煎りして、パウダーにしただけ。香りを嗅いでみてください。
うすい うわぁ、強烈ですね。
伊藤 煎りたてはカカオっぽい香りがしますよ。これはまさにスパイスです。ひとつ手を加えることで、普段感じられないその素材の新しい部分を表現できるのです。大豆を煎って粉にしたきな粉も立派なスパイス。切り干し大根をさらに干してパウダーにすると、スパイスとして料理に使えます。
うすい 切り干し大根自体が、スパイスとの相性がいいですよね。
伊藤 ビーツはローストし、シェリービネガーと合わせて乾燥させ、パウダーにする。焼き鯖にふりかけることもあります。世界のトップレストランは、美味しさの追求だけでなく新しい考え方を取り入れているわけで、スパイスもそういう方向にいくと思う。可能性は無限に広がっています。
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Spice Cafe
住所|東京都墨田区文花1-6-10
Tel|03-3613-4020
営業時間|11:30〜15:00(L.O.14:00)、18:00〜23:00(L.O.20:30)
定休日|月・火曜
※土・日曜のディナーはコースのみ
https://spicecafe.jp/1-1
text: Yukie Masumoto photo: Maiko Fukui
2025年11月号「実は、スパイス天国ニッポン」



































