京都《亀屋清永》の清浄歓喜団
奈良時代の貴族も食した菓子とは?
|京都の伝統菓子とスパイス
和菓子の聖地・京都で、その発展に寄与したのは実はスパイスだったかも!?日本最古の菓子や、長寿を願った和菓子など、歴史を感じさせる名品から職人が趣向を凝らした銘菓まで、古都ならではの味を求めて。今回は、かつて天皇や皇室にも商品を納めた、京御菓子司「亀屋清永」の清浄歓喜団をご紹介。
奈良時代の貴族も食した
菓子がいまもある!

八坂神社前に店を構える「亀屋清永」は、1617(元和3)年に創業した「亀屋冶兵衛」からはじまり、現在17代目が暖簾を守っている老舗。江戸時代の1857(安政4)年、幕府は有職故実にのっとった京菓子を守るため、上菓子司を248軒に制限。さらに天皇や皇室に商品を納めることができる禁裏御用達の上菓子司を28軒に定めた。それらは「京御菓子司」と呼ばれ、亀屋清永もその一軒という長い歴史をもつ。
7種類の清浄なる香りが広がる、
祈りとともに伝わった菓子の原型

清浄歓喜団 2個入 価格|1620円
ここで「和菓子や京菓子の原型」といわれ、いまもかたちを変えずつくり続けられているのが「清浄歓喜団」だ。不思議な名前を現代的に訳すと、「清らかな心で仏さまや神さまに供える、喜びを象徴する丸い供物」といったところ。
菓子の歴史をさかのぼると、はじまりは木の実や果物が主だったが、奈良時代に大きく変化したとされる。空海が遣唐使として唐に渡り、帰国する際に真言密教や密教儀礼のほか唐菓子という供物を持ち帰ったことが、和菓子が発展するきっかけになった。そのひとつが清浄歓喜団といわれており、その証拠に、菓子の製法を店に伝えたのは、密教とかかわりの深い比叡山延暦寺の高僧・阿闍梨。いまは、この製法を受け継いだ亀屋清永が日本で唯一販売している。

この愛らしいかたちにも理由がある。巾着型は金袋を模していて、八つ折りにされた先端は、八葉の蓮華を表している。米粉と小麦粉生地でこしあんを包み、ゴマ油で揚げているが、こしあんに清めのお香が練り込まれているのも供物がゆえ。香料として現在も利用される白檀や竜脳のほか、スパイスである桂皮など7種がブレンドされている。これは美味しく味わうため、ではなく清めの意味がある。
これからも姿を変えず、
守り伝えられていく

当時、お香は庶民が使えるものではなく、貴人しか手にすることができなかったはずのものを、私たちは味わえるのだから幸せだ。カリカリの生地を噛むと、こしあんの甘みとともに清涼感のある複雑な香りが鼻へ抜け、食べた後も清められたかのごとく余韻が続き、心身が安らぐように感じる。個性的な風味だが、20分ほどじっくりと時間をかけてゴマ油で揚げた旨みも相まって、お香の風味が好きな方は癖になる味わいだ。

この菓子の歴史や材料を見ると、京都の菓子の原点にはスパイスがあり、いまもさまざまな菓子に用いられていることにも納得がいく。ちなみに、清浄歓喜団のお香のブレンドやかたちは一切変えていないが、中にこしあんが用いられるようなったのは江戸時代中期以降のこと。小豆のあんを一般的に菓子に使うようになったのもその頃といわれる。伝来当時は柿や栗、杏などが使われ、甘草や甘葛が砂糖の代わりだった。こしあんのおかげで1000年前より美味しくなっている清浄歓喜団だが、あえて食べやすいようアレンジを加えたりはしていないそう。
「あくまで供物なので、阿闍梨より伝えられた製法を守っています。いまもつくる際は身体を香で清め、一子相伝で受け継がれているので製法は秘伝です」と店主の前川清昭さん。これからも姿を変えず、守り伝えられていくのだろう。
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亀屋清永
住所|京都府京都市東山区祇園石段下南
Tel|075-561-2181
営業時間|8:30〜17:00
定休日|水曜(ほか不定休あり)
https://kameyakiyonaga.co.jp
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text: Kyoko Naito photo: Yuki Sato
2025年11月号「実は、スパイス天国ニッポン」


































