「五街道の起点・ 日本橋を歩く」
俳優・藤間爽子と道歩きの達人・岡本哲志
後編|江戸時代に食、芸術、芸能文化が花開いた街道を行く
江戸時代から現代まで交通の要衝であり、伝統と革新が共存する日本橋。食や芸術、芸能文化が花開いた街道とは?日本舞踊家として伝統を継承する藤間爽子さんがその文化と歴史を“道”で体感する旅へ――。今回は、道のスペシャリストである岡本哲志さんに案内をしてもらった。
食、芸術、芸能文化が花開いた街道を歩く

『名所江戸百景 日本橋雪晴』は、119枚に及ぶ広重最大の名所揃物で最も有名な作品
©広重『名所江戸百景 日本橋雪晴』/国立国会図書館デジタルコレクション
そこから当時の中山道である中央通りを室町方面へ歩みを進めながら、岡本さんが2枚の絵図を見せてくれた。ひとつは歌川広重が雪の朝の日本橋を描いた『名所江戸百景 日本橋雪晴』。
もうひとつは鍬形蕙林の『大江戸鳥瞰図』。この絵は義祖父・鍬形蕙斎が津山藩御用絵師時代に描いた『江戸一目図屏風』を忠実に模写したもので、江戸の繁栄を本所方面から巧みな遠近感と画面構成の妙で描かれている。「『日本橋越しに江戸城と富士山を望む構図』は多くの絵師が描きました。広重の絵があまりにも有名ですが、実は津山藩御用絵師になる以前の鍬形蕙斎(北尾政美)が描いた『東海道名所図会』(1797年)の日本橋の構図が元です」と。以降定番の構図になったとか。

そして三越前駅の路地に入ると商業施設やビルに囲まれた「福徳神社」の鳥居が姿を現す。貞観年間(859~877)よりこの地に鎮座すると伝わる古社の主祭神は、五穀豊穣の神であり商業の守護神としてもたたえられる倉稲魂命。江戸時代以前は田園地帯が広がり、福徳村と呼ばれていた頃から福徳稲荷として祀られていた。徳川幕府2代将軍・秀忠も参詣し、重きを置いていたが、幕末以降は規模が縮小。廃社の危機などを経てもなお崇敬の篤い人々が再興に力を尽くした。4度の遷座を経て現在は立派な社殿を残している。
「江戸東京を読み解く上で、非常に重要な神社で、これほどまでに往時の記憶を残している神社は稀少です」と岡本さん。

徳川秀忠が参詣した際、クヌギの皮付き鳥居に萌え出でた春の若芽を見て「芽吹稲荷」と名づけ、別号として定着している。現在はチケットの当選を祈願する参拝者が全国から訪れている
現代の日本橋の商業を象徴するコレド室町が隣接する立地は、まさに“伝統と革新”の共存を象徴している。藤間さんは静謐が漂う社殿の前で手を合わせた後、家元として300年余りの伝統を受け継ぐ自身と重ね合わせこう話す。
「福徳神社のように、伝統は時代が求めれば必然的に紡がれていくと常日頃考えています。その未来を意識するのではなく、“いま”の人たちに向けて、私自身が楽しみながら伝えていくべきだとあらためて感じました」
「 道を究め続けていると
見えてくるものがあります」
――岡本哲志さん
江戸時代の記憶めぐりは人形町へと続く。現在の人形町三丁目周辺は歌舞伎を興行した「中村座」や「市村座」といった芝居小屋や茶屋、さらに吉原遊郭で賑わっていたという。都市形成の研究を50年以上フィールドワークで続けている岡本さんに、道にフォーカスした街歩きの醍醐味を聞いた。
「まず、古くは江戸だったり過去の痕跡が感じられること。事前の知識はなくてもいいんです。街に包まれながら感性に従って歩いていると、『こっちに曲がるとおもしろいぞ』って教えてくれることがある。それが心に響いたら調べることで経験が立体的になる。半世紀以上その“道”を究めると、はじめて訪れる場所や海外でも成り立ちがわかってくるんです」

その言葉に藤間さんが深くうなずきながら共鳴する。
「岡本先生のように究め続けることで理を識り、視野が広がる。それは、芸事においても同じだと思います。私は家元としてまだまだこれからで、並大抵のことではないですが、極致を目指したいです」
「日本橋の歴史を知ること以上に、
学びの多い一日でした」――藤間爽子
最後に堀留町の路地に佇む「三光稲荷神社」を訪れた。由緒は、名人と称された歌舞伎役者・2代目関三十郎が日本橋の中村座で演技をしていた際、霊光のような閃きを感じ、観客も身体から光が放たれたように見えたことで、名声を不動のものにし、自身の「三」と「光」を取って三光稲荷と名づけたと伝わる。その後、地域の大地主の自宅の庭に安置され、土地の守り神として崇められた。

創建は1689年以前と伝わり、主祭神は三光稲荷大神・田所稲荷大明神。古くから猫を見失った際に霊験ありとされ、猫が無事に帰ったお礼として招き猫が奉納されている
「俳優としてここは素通りできないです」とほほ笑む藤間さんに、今回の旅の感想を聞いた。
「東京を歩くときはほとんどが目的地への“移動”でしたが、視点を変えると新たな発見ばかりで、歴史を学ぶだけでなく心に響く体験になりました。これからいろいろな道をめぐってみたいです」
街には歴史が宿り、道が文化を紡ぐ――。その視座でめぐる旅路は人生を豊かにしてくれる。
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福徳神社(芽吹稲荷)
住所|東京都中央区日本橋室町2-4-14
Tel|03-3276-3550
参拝時間|境内自由(授与所・御朱印10:00~17:00)
https://mebuki.jp
三光稲荷神社
住所|東京都中央区日本橋堀留町2-1-13
Tel|03-3661-6445
参拝時間|境内自由
text: Ryosuke Fujitani photo: Maiko Fukui stylist: Takumi Nosiro hair & make-up: Shiho Sakamoto
2025年8月号「道をめぐる冒険。」



































