FOOD

作家・柏井 壽さん
ハマグリ尽くしと朝市の桑名食い倒れ旅へ

2018.11.19
作家・柏井 壽さん <br/>ハマグリ尽くしと朝市の桑名食い倒れ旅へ

<写真上:「貝新フーズ」の店先で焼きハマグリを楽しむ作家・柏井壽さん。Discover Japanで宿の連載「逸宿逸飯」を執筆。そのほか食や京都をテーマにしたエッセイや小説などを多数執筆している>

 

東海道の宿場町として栄え、「その手は桑名の焼き蛤」という言い回しで知られる三重県桑名市。ハマグリや朝市が名物のこの街を作家の柏井壽さんが訪ねました。

 

歴史に“もしも”は無い。それを承知のうえで、もしも鉄路が、かつての東海道に忠実だったら、この街にはもっと多くの旅人が行き交ったに違いない。桑名という街を訪れるたびにそう思う。

言うまでもなく、東海道は東京から京都に至る道筋で、五十三次の宿場町を通っている。
1番の品川宿から始まって、41番の名古屋は宮宿までは、おおむね現在の鉄路と同じなのだが、42番の桑名宿から、51番の近江石部宿までは別の鉄路となり、東海道線は琵琶湖に沿って北へ迂回してしまう。当然のように東海道新幹線も同じルートを辿るので、本来の東海道とは別ルート、美濃路と中山道を走っている。
どうやら鉄道建設の予算低減が、その主たる理由だったようだが、なんとも惜しいことだと思う。

名古屋から桑名、四日市、亀山、関、石部、そして草津へと東海道線が続いていれば、どんなに豊かな光景に出会えただろう。
道筋というものは、ただ便利なだけが目的ではなく、そこを辿ることに大きな意味がある。そんなことをつぶさに教えてくれるのが、桑名という街である。
桑名といって、多くが思い浮かべるのは「その手は桑名の焼き蛤」という地口だろう。その手は食わないぞ、と、桑名という地名を掛け、桑名名物の焼き蛤へとつなぐ。「恐れ入り谷の鬼子母神」と同じく、よくできた言い回しで、江戸時代にはすでに使われていたというから、そのころ既に桑名の焼きハマグリは名物として、広く江戸にまで知れ渡っていたことになる。

そう言えば、「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんも、桑名の宿で焼きハマグリを肴にして、酒を飲む場面があったように記憶する。
それほどに名の知れた焼きハマグリだが、好物にその名を挙げる人は滅多にない。どころか、食べたことがない人も少なくないのではないだろうか。最後にハマグリを食べたのはいつだったか、たいていの方は思いだせないだろうと思う。

<写真上:ハマグリには種類がある。桑名のハマグリはヤマトハマグリ。小ぶりで茶色い筋が入っているのが特徴だ>

同じ貝類なのに、カキやアサリ、ホタテに比べて、ハマグリとの付き合いは浅い。そんな方に是非訪れて頂きたいのが、桑名の街なのである。

ハマグリ感というか、ハマグリとの接し方が一変することで、食生活がどれほど豊かになるか。桑名に来ればきっとそれを実感できるはずだ。

ハマグリがほかの貝類と大きく異なるのは、それ自体が濃い出汁になるということである。

カキやアサリなどもエキスを含んではいるが、ハマグリのそれは別格だ。吸物などの椀種として、単独で成立するのはハマグリだけと言ってもいいだろう。

<写真上:「三彩」で味わえる、ハマグリのしゃぶしゃぶ。カツオ出汁の中でよい加減に火が通ったら自ら口を開けて、食べ頃を知らせる。新鮮なハマグリの身は透明感があり旨味たっぷり。ハマグリの旨味が出た出汁で日本酒を割って飲むのもオツ>

それゆえ、ハマグリのしゃぶしゃぶなどという、粋な料理が桑名にはあるのだ。

鍋で温めた薄味の出汁に、ハマグリを入れて待つことしばし。パカッと蓋が開いたら、すぐさま身を口に入れる。噛むまでもなく、エキスが口の中にじゅわーっと広がる。それはもう、滋味と呼ぶしかない。胃の腑にやさしく沁みわたっていくのだ。

ひとたびこれを味わってしまうと、もう箸が止まらない。ハマグリの味が染みこんだ野菜を合いの手に、ひたすらハマグリをむさぼり食う。いつしか貝殻が山になる。

どこか蟹すきに似ているが、根本的に異なるのはレア感。冬になれば日本中どこでも食べられる蟹すきと違って、ハマグリのしゃぶしゃぶは、(たぶん)桑名に来ないと食べられないのだ。

もうひとつ。蟹すきと違うのは、食べ飽きないこと。ハマグリのしゃぶしゃぶは、いくらでも食べられる。
それはきっとハマグリが持つ特性なのだろう。煮ても、焼いても、揚げても食べ飽きないのである。

1泊2日の“桑名ハマグリ旅”をして、昼にハマグリフライ、ハマグリコロッケ、夜にハマグリしゃぶしゃぶを食べ、翌日は焼きハマグリ、ハマグリの酒蒸しと食べ続けても、嫌になるどころか、まだ食べ足りないくらいだ。

貝類のみならず、そんな食材がほかにあるだろうか。おそるべしハマグリ力。

しゃぶしゃぶにも舌を巻いたが、ハマグリフライの旨さにも驚いた。エビやカキと同じくらい、いやそれ以上にフライに最適な魚介だ。タルタルソースでもソースでも、その旨みは存分に堪能できる。

<写真上:柏井さんもトリコになったハマグリフライ。「ステーキハウスいまい」の剥いてすぐ牛脂で揚げたハマグリフライ(870円)は絶品。自家製のソースかタルタルでいただく>

<写真上:「はまぐりプラザ」の食堂で桑名のハマグリを提供。ホイルに包んで蒸し焼きにしたハマグリは海のエキスが凝縮>

ハマグリが一番美味しくなるのは梅雨どきとのこと。ならば6月はハマグリ月としたい。
と、まぁハマグリ賛歌を連ねてきたのだが、桑名の魅力はそれに留まるものではない。何しろ東海道の宿場町として名を馳せてきたのだから、名所も名物も事欠かない。その一端を垣間見せてくれるのが、「三八市」。

<写真左右:「三八市」の開催は寺町通り商店街にて。開催日は毎月3、8、13、18、23、28日。スタートは9:00からで多くの人々で賑わう。12:00頃には終了>

寺町通り商店街に市が立つのは、三と八が付く日。アーケードがあるので全天候型。これが実に愉しい。近海の海産物から、近郊の野菜、菓子類などの食はもちろん、木工品や衣類、履物など何でも並んでいて目移り必至。あれもこれもと買いこんでしまうのが常のこと。それを見越して、桑名を旅するときはいつも、海外旅行用の大きなキャリーバッグで行くのだ。

また、この記事は2018年11月6日に発売したDiscover Japan12月号でも見られるほか、柏井氏と寺町商店街の様子がうかがえる、取材時の裏側を録った動画を公開中。こちらもぜひ確認を。

(text:Hisashi Kashiwai, photo:Atsushi Yamahira)

※この記事は2018年11月6日に発売したDiscover Japan12月号の記事を一部抜粋して掲載しています