FOOD

《白井屋ホテル the RESTAURANT》
フランスと群馬の食文化を絶妙に融合
犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン

2022.7.16
《白井屋ホテル the RESTAURANT》<br>フランスと群馬の食文化を絶妙に融合<br><small>犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン</small>

思いがけないところに、思ってもみなかったいい店がある。日本のレストラン文化はこんなに奥深い!と感激する店を探してきました!今回訪れたのは、群馬県前橋市のフレンチレストラン「白井屋ホテル the RESTAURANT」。日常的に食べられている群馬の素材や郷土料理から、フレンチの技法によって新たな一皿を生み出す片山ひろシェフのご馳走の数々を紹介します。

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン、食文化を取材。最近は日本の地方に注目。郷土料理を守るだけでなく、その土地の生産者とともに新しいレストラン様式に挑戦するシェフを取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員

群馬の食文化をフランス料理の技術で
“上州キュイジーヌ”に

「the LOUNGE」は同じフロアにあるオールデイダイニング。洋食アラカルトも気軽に楽しめる

ファサードはローレンス・ウィナーの作品でお出迎え。中に入ると観葉植物にあふれたフロアの中央に4階まで吹き抜けという大胆な空間。その中に縦横無尽に張りめぐらされた『ライティングパイプ』はレアンドロ・エルリッヒの作品。そして客室はジャスパー・モリソンやミケーレ・デ・ルッキのデザインというラインアップ。2020年12月、群馬県前橋市にオープンした「白井屋ホテル」は驚きのアートホテルだ。

前橋市活性化活動「前橋モデル」を推進する田中仁財団が、国内外のクリエイターに参加を依頼。アート・建築で地方を盛り上げようと老舗旅館をリノベーションしたのだ。ちなみにこのプロジェクトの中心人物・田中仁氏は、前橋市出身で眼鏡の国内販売数トップを誇るアイウェアブランド「JINS」の創業者。全体のディレクションを日本を代表する建築家・藤本壮介氏に依頼し、6年半かけて唯一無二のホテルが完成した。その建築・デザインは多くのメディアで紹介されてきたが、“食”に関する注目すべき試みも忘れてはならない。

ゲストはオープンキッチンで仕上げる料理を目で楽しみ、香りに覚醒され、味わいに満たされる

メインダイニング「the RESTAURANT」は1階のホテルフロントの奥。席数は14、コの字型のカウンターバースタイルだ。実はこの店、東京・青山「フロリレージュ」の川手寛康シェフが監修している。川手シェフといえば、いま最も注目されている若手実力派の料理人。人気シェフの監修となれば重要なのは現地を仕切るシェフだ。そこで地元で店を出していた片山ひろシェフに白羽の矢が立った。「新しい料理に挑戦したい、川手シェフと仕事ができるなんてものすごくわくわくする」。自身の店を閉めて参加を決めた。コロナの影響もあり、準備期間は約2年と長かったが、その間1年は「フロリレージュ」で料理を担当、あと1年は国内5店と海外4店で研鑽を積んだ。

その手順があって、二人はあうんの呼吸でおまかせコースを編み出した。特徴は第1にひとつの素材をさまざまなかたちで表現すること、第2にフレンチの技法を使って新しい解釈の郷土料理を表現すること。フランスと群馬の食文化が絶妙な匙加減で表現された料理、それを片山シェフは「上州キュイジーヌ」と呼ぶ。

いま話題の「まえばしヒラメ」。一年を通じて安定供給でき、大きさも選べるのがいい点。店には生きた状態で届く。使う時間に合わせて締められる
OKIRIKOMI
鮮やかなソースはピンク(ビーツ)、白(ゴボウと昆布・鰹出汁)、緑(ネギオイル)。中央にはうどん、大根、下仁田こんにゃく、ジャガイモが。マスタード、ケイパー、タバスコなど味つけも新感覚。いくつものフレンチの技法を用いて令和のOKIRIKOMIが誕生した

群馬産の素材は地味だが野菜も肉も優秀だし、海なし県ながら海水魚の養殖も注目されている。まえばしヒラメはすでに県内外でも人気。

“OKIRIKOMI”が出てくると地元のお客はけげんな顔をする。“おきりこみ”はどこの家庭でもつくられている煮込みうどんだ。それが鮮やかなソースに彩られたフレンチとして登場する。ところがどう変身したのかを説明されると途端に笑顔に変わる。それが上州キュイジーヌのマジック? ここからは、ある日のコースを紹介しながら、上州キュイジーヌのさらなる魅力をレポートしよう。

美しくミステリアスな料理を
丁寧に説明するサービスは
まるで舞台劇のような臨場感!

基本的にコースはおまかせ10皿1万3500円の1本(土・日曜、祝日はランチ7000円7皿もある)。年に4回メニュ―内容を更新し、定番料理も仕上げは季節ごとに変わる。たとえばコースのスタートはコンソメだが、冬はユズ、春は山菜、初夏にはレモングラス、秋は松茸で季節を感じるようにさりげなく香りだけを添えている。肉料理も赤城牛が定番だが、添えられる野菜で季節感を演出。90%以上群馬産の素材を使ってフランス料理のエッセンスを取り入れた“上州キュイジーヌ”は、日々進化し続けている。「自分の中では郷土料理をフレンチに変換して考えるのが楽しくて」と言う片山シェフ。OKIRIKOMI、SUITONの後、続々新作が控えている。上州キュイジーヌは未来に続く。

ある日のディナーコース

コンソメ
コースのはじまりはコンソメスープから。コンソメはフランス料理の基本。レストランという言葉も“癒す”という意味がある。群馬県産赤城牛と、上州地鶏から丁寧に引き出したコンソメは心も身体も癒してくれる。合わせて季節の風味(この日は蕗の薹)をプラス

えび大根
群馬県板倉町の郷土料理(川海老と大根の煮込み料理)「えび大根」をベースにした再構築料理。海老のタルタル(生を細かく刻んだもの)を薄くスライスした大根で巻き、濃厚なビスク、ピリ辛のチリオイルでまとめた一品。ぷりぷりの川海老のタルタルが際立つ

山女魚
マリネして、皮目を炙ったヤマメと新タマネギのデクリネゾン(ひとつの食材をさまざまな仕立てにするフランス料理の調理法)の組み合わせ。新タマネギをピュレ、ピクルス、焦がした炭のアイスパウダーに仕立て、生ハムとバニラオイルを添えた冷製魚料理


伝統野菜、田口菜と鰻を使ったひと皿。田口菜は明治天皇に献上された際、美味と褒められ産地の田口町から名がついた。田口菜のソースで和えた古代米の上に炭火で焼き上げた鰻、両サイドに田口菜の花と葉を飾り、赤ワインソース、鰻の骨のパウダーを添える

SUITON
群馬の郷土料理「すいとん」をリメイクした再構築シリーズ。大和芋のスライスの下には、大和芋のすいとん、下仁田こんにゃく。前橋の粕川町のチーズ工房「スリーブラウン」のチ―ズを使ったソースがエレガント。美し過ぎるSUITONに、思わずため息が出る!

まえばしヒラメ
まえばしヒラメをムースにして、春キャベツと交互に4層重ねてミルフィーユ状に。焦がしバターをかけて焼き、地鶏のスープとトリュフオイルでコクをプラス。ミルフィーユの下の夏みかんのコンフィチュール(ジャム)が爽やかなアクセント

山菜のサラダ
季節の野菜を楽しむサラダ。春から初夏にかけては山菜が主役になる。山ウドはピクルスに、うるいはゆでて、セリは生で。発酵させた山ウドのソースで、味わいに奥行きを与える。「最盛期は自分で山に入って採ってきます。香りも味も最高の状態です」とシェフ

赤城牛
赤身の美味しさにこだわった赤城牛のサーロイン。最初に藁で燻したローストが出される。右に卵黄とハチミツの黄色いソース。左は味噌風味のソース。食べ進むとそこにサプライズ。揚げたてのタケノコがサーブされる。楽しいクライマックス!

果実のデザート
群馬産のリンゴ「ぐんま名月」のスライス、ヨーグルトのブランマンジェ、冷たい白ワインのスープとハーブオイルで仕上げた爽やかなデザート。イタリアンパセリやディルなどフレッシュハーブも香り高く、心地よい

苺大福
イチゴ王国・群馬の最高峰「やよいひめ」をシート状にして中身を覆い隠してある。餅アイス、ホワイトチョコのムース、カリカリした食感のクランブルを包んだデザート。餅アイスは群馬で知らない人はいない地元名物。これはフレンチ風餅アイス?

料理に合わせて群馬産日本酒も登場
コースに合わせたアルコールペアリングは6杯で7500円。そのうち1杯は群馬県産の日本酒を必ず入れる。「今回は、まえばしヒラメに合わせて永井酒造の『水芭蕉』を選びました」。まるで「きれいな水」のよう! 上州キュイジーヌは日本酒で完結する!

前橋市内で年間100種類もの野菜を育てる「良農園」。川手シェフ(左)、代表の伊能友和さん(中)、片山シェフ(右)。良農園の野菜は安心安全、しかも味が濃い。片山シェフが畑に入って自分で野菜を選ぶことも

シェフ
片山ひろ(かたやま・ひろ)さん

1985年、群馬県高崎市生まれ。帝国ホテルの村上信夫シェフに憧れ、帝国ホテル入社。より深くフランス料理を知ろうとフランス・パリへ。帰国後、都内、高崎市でシェフとして働き、独立。このプロジェクトに惹かれ参加。国内外の名店で研修し、現店シェフに

白井屋ホテル the RESTAURANT
住所|群馬県前橋市本町2-2-15 白井屋ホテル内 ヘリテージタワー1F
Tel|027-231-4618
営業時間|ランチ(土・日曜、祝日のみ)12:00~13:30(最終入店)、ディナー17:30~19:30(最終入店)
定休日|なし
※要予約(宿泊とのセットプランあり)
 
 

≫公式サイトはこちら

 

text:Yumiko Inukai photo: Muneaki Maeda, Shinya Kigure
Discover Japan 2022年7月号「沖縄にときめく/約450年続いた琉球王国の秘密」

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