エプソンの工場に潜入!独創の腕時計「TRUME 」が生まれるまで。
世界初のクオーツウオッチを筆頭に、数々の画期的な開発で世界中を驚かせてきたエプソンが満を持して送り出すのが、究極のアナログウオッチを目指すブランド「TRUME(ト ゥルーム)」だ。
今回、ハイテクと手仕事が高度に融合した、TRUMEの製造ラインに潜入取材を敢行! ものづくりへのこだわりを追ってみよう。
クオーツウオッチの要 「人工水晶」からつくる。
1969年、セイコーエプソン(当時:諏訪精工舎)は世界初のクオーツウオッチを開発した。それは、従来の機械式腕時計の〝時計は狂うもの〞という常識を覆す、画期的な開発だった。TRUMEをはじめとするクオーツウオッチの心臓部といえるのが、水晶に電圧をかけると一定周期で振動する性質を応用した水晶デバイスだ。正確な腕時計をつくるためには、純度の高い水晶が必要である。そこで、同社は研究を重ね、高品質の人工水晶をつくる技術を確立した。
青森県八戸市、八戸港に面した工業地帯に、人工水晶を生産する「エプソンアトミックス」の工場が建つ。TRUMEに使われる水晶はここで生み出されている。水晶製造課課長の坂本英樹さんの案内の下、工場の中へ。人工水晶をつくり出す「オートクレーブ」という圧力容器が並んでいた。
「天然の水晶は何万年もかけて形成しますが、この容器を使えばわずか数カ月で結晶ができるのです。最短で約3カ月、長いと約半年間育成させた後、〝釜上げ〞を行います」
自然界に存在する天然水晶に対し、人工水晶は高い純度を誇るため、クオーツウオッチが正確な時間を刻むことを可能にする。“半導体は産業の米、水晶は産業の塩”といわれ、ものづくりに不可欠。クオーツウオッチ以外にも、コンピューターやスマートフォンにも利用され、実は極めて身近な存在といえるのだ。
半年間の育成後の “釜上げ”は一大イベント!
ここで、人工水晶が生まれる仕組みを紹介しよう。オートクレーブの下半分に原料の水晶を入れると、それが溶け出し、熱対流によって上に運ばれる。そして、上半分につるされた種子水晶の表面の厚みが、1日約0・5㎜ずつ増していくのだ。
機械を操作すると、出来上がった人工水晶が上がってきた。今回つるされた水晶は約1000本、1個の重さは約2・5㎏、長さは約23㎝ある。人工水晶1本から約20〜30万個の水晶デバイスができると、坂本さんが言う。
「優れた人工水晶をつくるには、原料、種子水晶、釜、人材と技術が欠かせません。これらがすべて揃って、世界に誇る水晶デバイスが生まれるのです」
エプソンアトミックス
住所:青森県八戸市大字河原木字海岸4-44
Tel:0178-73-2801
設立:1999年(当時:アトミックス)
従業員数:276人
職人技と テクノロジーを 掛け合わせる
続いて、北アルプスを背後に控えるセイコーエプソンの塩尻事業所を訪れた。TRUMEのムーブメントの組立などが行われる〝腕時計のふるさと〞である。
「TRUMEのムーブメントの組立は機械化されていますが、ケースの研磨や最終的な外装取り付けは、すべて職人の手で行われています。当社が誇る最新鋭の技術と、伝統的な職人技が融合した腕時計といえるでしょう」と話すのは、TRUMEの企画を手掛けた細川登さんだ。まずは職人の技能が宿るケースの研磨について話を聞いた。
「腕時計のケースは、見た目を決める要素です。ゆがみのないきれいなケースをつくるにためには、良質な原材料の選定からはじまり、優れた金属加工の技術が必要です。こうしてつくられたケースに職人が研磨を施すのです」
〝3つの磨き〞を融合させる
研磨の工程は別工場で行われており、メディアと呼ばれるバレル研磨剤を用いるバレル研磨の工程後、表面のつやを出すバフ研磨を行う。TRUMEのS Collectionは、丁寧に使い込まれた道具のような独特の風合いを与えるために再度バレル研磨を行い、最後に、上面に筋目仕上げを施して完成という、3つの異なる仕上げを取り入れた贅沢なつくりだ。ケースの研磨だけで、幾重もの工程を経ているのだ。
防塵服に着替え、TRUMEのケースとムーブメントを組み立てる工房へ。室内の気温は常に25℃前後、湿度は45%前後に保たれているという。
「時計のことを第一に考えた、一定の気温と湿度に保たれています。気温が変化すると、ムーブメントに使われた油の品質が変化し、精度に影響してくることがあるためです。精密機器ですから、もちろん塵(ちり)や埃(ほこり)は厳禁。清潔な環境で職人が作業を行っています」と、細川さんが解説する。
TRUMEの場合、文字盤への針の取り付けはロボットが行うが、文字盤とムーブメントをケースに収める工程は、塵ひとつ見逃さない熟練の職人の手によって行われる。最後に竜頭を取り付け、さまざまな検査を経て、ようやく出荷に至るのだ。
セイコーエプソンの塩尻事業所では、開発・デザイン・設計からはじまり、文字盤やケースの加工、ムーブメントの組立などの精密な作業まで、一貫して取り組む。こうした工房は世界でもほとんどない。匠の技が集積されている世界でも類例のない“マニュファクチュール”なのだ。細川さんが言う。
「当社では職人の技術を受け継ぐべく、毎年行われる技能五輪の模擬試験をほかのメーカーと共同で行うなど、若手職人の育成に力を入れています。TRUMEは、エプソンが誇る新旧の卓越した技術で生み出された、独創のアナログウオッチなのです」
セイコーエプソン 塩尻事業所
住所:長野県塩尻市塩尻町390
Tel:0263-52-0620
設立:1961年(当時:塩尻工場)
従業員数:855人
エプソンの歴史は、日本の時計の歴史
セイコーエプソンほど、〝日本一〞や〝世界一〞の製品を生み出している企業は珍しいかもしれない。その歩みをたどれば、腕時計の進化の歴史を俯瞰できるといっていいだろう。
信州・諏訪地方に時計産業がもたらされたのは、1942年のことである。セイコーエプソンの前身となる大和工業は、味噌蔵を改造して腕時計の研究をスタート。1956年には、オリジナルの機械式腕時計が誕生した。そして、1969年、世界初のクオーツウオッチを開発。従来の機械式腕時計が、日差±数10秒が当たり前だった時代に、日差±0・2秒という驚くべき高精度を実現している。世界の人々が正確な時間を知ることを可能にした、歴史的な開発だったといえよう。
ちなみに、クオーツウオッチの製品化に先駆けて、1964年に行われた東京オリンピックで、計時の記録を残すために開発されたのが「プリンティングタイマー」だ。ここで培われた技術がプリンター事業のルーツになったことは、意外に知られていない。
続いて、1973年に発売された「デジタルクオーツウオッチ」は、液晶の技術が搭載された初の製品となった。その後も、クオーツ精度のぜんまい駆動ウオッチや、世界初のGPS機能付きソーラー発電ウオッチなどを次々に発表。
そして、2017年、スマートウオッチが次々に生まれる中で、アナログウオッチの新しい可能性を切り開く製品としてTRUMEが誕生した。
TRUMEはGPS衛星から電波を受信し正確な時刻を表示できる上、各種センサーを組み合わせた計測機能とアナログ表示にこだわった独創のウオッチだ。こうした先進機能の中に遊び心が盛り込まれ、所有欲をくすぐる仕上がりになっていることが、TRUMEの大きな魅力といえるだろう。
人工水晶そのものから、時計、時計を組み立てるロボットまで、すべて自社で生み出すエプソン。革新の秘密は、その職人魂にあるのだ。
実は時計技術がプリンター事業のルーツ! エプソンの歴史の詳細をチェック。
アナログウオッチの新たな歴史を刻むTRUME
S Collection は“空への憧れ”をテーマにした時計。グライダーなどに搭載されている昇降計が搭載されるなど、エプソンの先進技術が盛り込まれている。黒を基調とした文字盤の中で、オレンジ色の針が際立つ。
エプソン TRUME S Collection「TR-MB7007」
価格:28万800円
材質:ケース/チタン、ベゼル部/セラミック、バンド/レザー(チタン製メタルバンド付属)、内臓センサー:GPS、気圧・高度、方位
サイズ:W46.3×D15.5×H57.2㎜(ボタン・竜頭を含まず)
問:TRUME お客様相談室
Tel:050-3155-8285
(text: Takanori Yamauchi、photo: Kazuya Hayashi)
※この記事は2018年11月6日に発売したDiscover Japan12月号の記事を一部抜粋して掲載しています