TRADITION

京都の数寄屋に、巨大な繭が出現!?

2020.3.9 PR
<b>京都の数寄屋に、巨大な繭が出現!?</b>

数寄屋造りの和室に突然現れた謎の白い物体。思わず怪獣が建物に繭をつくる映画が脳裏をよぎるが、中をよく見ると道具があり、どうやら人間の空間らしい。コレは一体なんだろうか?

プレゼンテーションの
固定観念を覆す新しい試み

障子が開き、目の前に日本庭園が広がると、控室のゲストから「おお!」というどよめきが起こった。庭を歩き出したゲストは、広間につくられた「繭の茶室」を発見すると、見たこともない物体の出現に言葉を失った。

そんな驚きとともにスタートした茶会は、福島県で「シルク」と呼ばれる薄地絹織物を生産する「紺野機業場」が発起人となり、国内の絹織物業に携わる事業者やクリエイターで結成した「All Japan Silk Project」が制作と運営を手掛けた。国産シルクの価値を再興し、未来に継承するための活動として令和元年12月19日、京都市の「有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)」で行われた。

生地のプレゼンテーションにアートやイベントの要素を取り入れた試みは画期的で注目だ。衣装デザイナーの鷲尾華子さんは、絹の魅力と日本の伝統を象徴するキーワード「めぐり」をテーマに「繭の茶室」と「茶会」を構想。茶人の衣装デザインも手掛けた。それを受けた建築家の大橋史人さんは「繭糸の軌道」からイメージして「繭の茶室」を設計。表面を覆う素材は「川俣(かわまた)シルク」の二重織。光沢を抑えた加工でナチュラルな表情がある。それに合わせる骨組みには竹ひご、台座には和紙を使った。施工は関係者が集まって手づくりで仕上げた。

茶会のホストは京都を拠点に茶道の普及活動を続ける茶人。モダンな衣装を着こなし、カジュアルな雰囲気でもてなす

茶会のゲストとして招待された絹織物業者や外国人、報道陣などは、ほとんど茶会の初心者ながら得難い体験を通して「川俣シルク」と日本文化の魅力を記憶に刻んだ

仕掛け人は国産シルク
「川俣シルク」の担い手

「川俣シルク」に使われる生糸と染色は他県の技術が支える。そこしかつくれない専門分野で国内最高峰の技術が集結する。

〈機織〉
紺野機業場

極細糸を正確に織る織機の挙動は熟練工によるメンテナンス技術で成り立つ

福島県川俣の絹織物「川俣シルク」を生産する老舗機業。極細の絹糸を日本で最も使用し、その糸を「ぬれよこ」技法で広幅に織ることができる唯一の企業。日本の伝統的な絹織物技術を未来へ継承するため「All Japan Silk Project」の発起人となり、活動の一環として「繭の茶室」茶会の開催を推進した。

ぬれよこ。天然の布海苔で糊付けした経糸と、水分を含ませた緯糸で生地を織る技術。糸同士がピタッと付くことできれいな正方形の織目ができて比類なき光沢と端正な表情を生む

〈染色〉
綾の手紬染織工房

最高の染色を追求する染織工房。伝説の「貝紫」の染色を独自の技術で「貝紫」を現代によみがえらせることに成功した。手作業で糸の染織を行う。

貝紫。巻貝の内臓から抽出する紫の色素を使う染色技法。膨大な数の貝を必要とする高価な技法ゆえに、古代から貴族の式服にしか使用が許されず「最も高貴な色」といわれた。茶人の衣装に使われることで雅やかな式典を再現した

〈製糸〉
碓氷製糸

群馬県にある国内最大規模の製糸工場。生産管理には日本人のバランス感覚が不可欠といわれる、繊細な「ぐんま細」の生糸を製造している。

ぐんま細。日本のシルク産業を残す思いで開発している群馬オリジナル蚕品種の中で繭糸が最も細い「ぐんま細」からつくる。繭糸の太さは2.2デニールで、一般品種の3.0デニールより細く、糸の繊度ムラも少ない。その繊細な表情は「繭の茶室」と茶人の衣装で可視化された

国内産業の栄枯盛衰で
残したいものを残す

明治時代、日本の輸出総額の1位を占めた生糸。その糸を使った絹織物も世界で高く評価され、輸出の一翼を担い、外貨を獲得して近代化に貢献した。特に、福島県の産地でつくられる薄地絹織物は「川俣シルク」の名で知られた。最盛期の1918(大正7)年、「紺野機業場」は川俣で創業し、絹織物の増産に加わった。

しかし、昭和初期の世界恐慌で輸出が失速。世界大戦で生産は縮小された。戦後、絹織物業は復興したものの、海外の安価な商品や化繊の台頭に押され、平成になると、輸入品が上回り、川俣に約200軒あった機屋は4軒に減少。その中で川俣産地の伝統的な「ぬれよこ」製法を続ける機屋は「紺野機業場」だけになった。

そこで、「紺野機業場」の代表・紺野彰一郎さんは「自分たちが残したいものを残そう」と考え、事業を集約。世界を見渡しても、川俣産地でしかつくれない薄地絹織物「川俣シルク」の生産を軸にした。専務の紺野峰夫さんは「川俣シルク」の認知度を高めることを念頭に置いて方法を模索。思いを共有する人の輪を広げ、「繭の茶室」茶会を具体化した。その背景を「原発事故に伴う風評被害を払拭したい思いもあるが、さまざまな人と商談するうちに、福島県の絹織物産地が、あまり知られていないことに気がついた」と語った。

 

「川俣シルク」の用途は、衣料品にとどまらない。ちょうちんや扇子、掛軸など、全国各地の伝統工芸品も支えている

川俣の絹織物業のはじまりは、6世紀末の飛鳥時代までさかのぼる。暗殺された崇峻(すしゅん)天皇の妃・小手姫(おてひめ)が、追っ手から逃れ、奈良から東北に落ち延び、故郷の大和に似た川俣に落ち着き、人々に養蚕と機織りを教えた伝説がルーツとされている。小手姫の技術は宮中仕込みゆえに、高貴な薄地だったことが川俣産地の絹織物の特徴になり、約1400年もの間継承されてきた。小手姫は町のゆるキャラ「小手姫様」のモデルになり、絹の魅力をいまに伝えている。

昨年は令和時代を迎え、即位に伴う行事の報道を見て、雅やかな世界に新たな感動を覚えた人も多いであろう。宮中では、古来たくさんの行事が行われてきた。皇居内の養蚕施設で継承されている養蚕の年中行事もそのひとつで、絹が米とともに大切にされてきたことがわかる。「繭の茶室」の中で感じる心の安らぎは、小手姫が川俣の人々に託した美学と技術に、日本人のアイデンティティを感じるからであろう。

「繭の茶室」茶会は今年1月、地元の福島県でも開かれ、特産物の魅力を新たに発見してもらう機会になった。イベント後に茶会を知った人から開催を望む声も多く、次の発信に期待が高まる。

「繭の茶室」茶会
開催日:2019年12月19日(木)
会場:有斐斎弘道館
住所:京都府京都市上京区上長者町通新町東入ル元土御門町524-1
参画事業者:
発起人・機織/紺野機業場
製糸/碓氷製糸
染色/綾の手紬染織工房
企画・デザイン/HANA DESIGN ROOM 鷲尾華子
茶室躯体設計/大橋史人
https://www.konno-silk.com/alljapansilkproject/

文=織田城司
写真=久保田狐庵
2020年4月号 特集「いまあらためて知りたいニッポンの美」

京都のオススメ記事

関連するテーマの人気記事