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《TG glass》を手がけた
デザイナー深澤直人さんにとって
“喫茶”の時間とは?

2021.11.9
《TG glass》を手がけた<br>デザイナー深澤直人さんにとって<br>“喫茶”の時間とは?
お気に入りのコーヒー豆はコーヒー店「PRE TTY THINGS」のコロンビア。「開化堂」の茶筒にストック。「ポーレックス」のセラミックミルは、約20年前から愛用中。「カリタ」の銅のドリッパーで淹れる

デザイナーとして国内外のプロダクトを手掛けるだけでなく、美大のデザイン学科で教鞭を執る深澤直人さんに、生活の質を上げるための毎朝の過ごし方や、長年愛用している喫茶アイテムについて話を伺った。

深澤 直人(ふかさわ・なおと)
人の想いを可視化する静かで力のあるデザインに定評があり、国際的な企業のデザインを多数手掛ける。電子精密機器から家具、インテリアに至るまで手掛けるデザインの領域は幅広く多岐にわたる。その思想や表現なども、国や領域を超えて高く評価される。「イサム・ノグチ賞」を受賞するなど受賞歴多数。多摩美術大学教授。日本民藝館館長。

深澤さんデザイン、TGの耐熱性コーヒーパーコレーターとステンレススチールフィルター。耐熱ガラスとステンレスの組み合わせと、静かな佇まいが心地よい

深澤直人さんの毎朝の習慣は、コーヒーを淹れることだ。

早朝の光の中で、ポーレックスのミルを握り、ごーりごーりと豆を挽く。どのぐらいの粗さに挽くかは、感覚任せ。ペーパーフィルターの端を折ると、銅のドリッパーにセットし、挽いたばかりのコーヒー豆を盛る。

ゆっくりと湯を注いでしばらく待つ間、まなざしはフィルターの中のコーヒー粉に注がれている。

「粉の真ん中が、マッシュルームみたいにぽーっと盛り上がってくるでしょう。急いでいるとお湯の勢いで膨らみが崩れてしまう。それが、もったいないから、ゆっくりと、ゆっくりと、膨らみを育てるように注いでいく。それを楽しんでいるんですよね」

深澤さんの日常は多忙を極める。デザイナーとして国内外のプロダクトを手掛けるだけでなく、美大のデザイン学科で教鞭を執る。日本民藝館の5代目館長に就任して10年を迎える。

そんな中でのコーヒータイム。

毎日同じことを繰り返していると、見逃しがちな日常感が浮かび上がってきて、やがて「ふつう」の輪郭が見えてくる。深澤さんがコーヒーを淹れるのも、そんな「ふつう」の感覚をとらえるひとつの手段なのかもしれない。

深澤さんのデザインの根幹は「ふつう」である。奇をてらうのではない、日常に馴染み、当たり前に存在する、そんなものづくりを続けている。

住まいを見渡したとき、多くの人が深澤さんのデザインした生活用品が、ひとつふたつ存在することに気づくだろう。ことさらに存在を主張することなく、空間に溶け込んでいる。それは深澤さんが「ふつう」をテーマにしているからこそ生まれる、スーパーノーマルなかたちだ。

中国で使われていた大ぶりの急須。注ぎ口と持ち手が同じ方を向いているユニークなかたちのおかげで、無駄な力を要せず注げる。日本民藝館にも同じかたちのものが収蔵されている
沖縄・読谷村の大嶺實清さんは、深澤さんにとって「マイヒーロー」。このうつわは、沖縄の砂浜を思わせる風合いが気に入っている。コーヒーでもお茶でもカフェラテでも、飲み物を選ばない

民藝はまさに、「ふつうの人」の「ふつうのいとなみ」から生まれた巧まざるかたちの世界だろう。柳宗悦はそこに普遍の美を見出した。

東京・駒場の「日本民藝館」にも、土瓶や湯呑みなど、喫茶にかかわるものが数多く収蔵されている。深澤さんが自宅のコーヒータイムに使いたくなるような収蔵品はあるのだろうか。好奇心からそんな風に水を向けたところ、「いや、」と深澤さんは柔らかく笑った。

「日本民藝館の収蔵品は、いまの生活とは時代が違う。大広間とか田畑のそばとかで、大勢集まってお茶をガブガブ飲んでいた時代でしょう。土瓶にしても湯呑みにしてもたっぷりとして大きい。僕は自分で使いたいというより、当時の『ふつう』の生活を映したかたちとして美しいと感じています」

たとえば、と見せてくれたのが、不思議なかたちをした大きな急須だ。注ぎ口が持ち手と同じ方向にひしゃげている。

「中国の定番だそうです。日本民藝館にも同じかたちのものがありますね。すごいことに、持ち手を握って手首を傾ければ自然とお茶が流れ出るようにできているんです。アメリカの人間工学者が『身体の力を利用したかたちだ』と教えてくれました」

人間の何気ない動作や当たり前の生活に合わせて生まれたデザイン。そこに深澤さんは惹かれている。

打ち合わせのときはカフェラテを「TG」のスタッキンググラスに入れて味わうことが多い。TGとは深澤さんがデザインした台湾ガラスのテーブルウェアブランド。底のラインがやさしく手に馴染む

さて、朝はコーヒー派の深澤さんだが、打ち合わせの最中はカフェラテと決めているという。

うつわは、「TG」のグラスと決めている。飲むという日常的な行為に合わせて、深澤さんがデザインした。

柔らかなフォルムの耐熱性グラスと、ふわふわのスチームミルクがミーティングテーブルに出てくると、誰もが思わず口をつける。ああ美味しい、と表情が柔らかくなる。

「最近はコーヒーを出しても皆さん残すじゃない。カフェラテだと、みんな飲んでいくんだよね」と深澤さんが笑い、言葉を継ぐ。

「『Let’s take a break』って言うじゃないですか。打ち合わせでも仕事でも、長く続けているときに『ちょっと切ろうか』って感じ。喫茶ってそういう役割があると思うんですよ」

もちろん多忙な深澤さんに、ゆっくりとお茶を飲んでいる時間はない。

だが、「リラックスというのは長い時間だらっとしているものではなく、瞬間瞬間の中にあると思っています」と、深澤さんは言う。こうした「いまちょっといい感じだったな」という一瞬をとらえてかたちにしていくのが、深澤さんのスタイルだ。

「たとえば、沖縄読谷の大嶺實清さんと益子の成井恒雄さん。この二人はヒーローなんですが、彼らのうつわは無意識に触っても『あ、いいな』って思うんです。大嶺さんのうつわから沖縄の砂をイメージしたり、成井さんのティーポットには、おおらかな感じを受けたり」

どんなに多忙であろうと、こうした「あ、いいな」という感覚を見逃すことは決してないという。

「生まれつきなのか、こういう仕事をしているからか、『気持ちいいな』っていう瞬間を見つけるのが早い。いつもセンサーが立っているからなんでしょうね。身体中に繊毛が生えているような感じ。猫が尻尾でべろんとものに触ることがあるでしょう、あんな感じで、一瞬のうちに『気持ちいいな』っていうのがわかるんです」

生活のスタンダードを上げるには、「ふつう」の質を上げるところから、と深澤さんは考えている。「ふつう」に美味しくお茶を飲み、「ふつう」に美味しくコーヒーを楽しむ。そんな「ふつう」から生まれるものがある。

繊毛を立てながら、深澤さんの喫茶の時間が続いていく。

「TG」問い合わせ先|「100percenthttps://100per.com/product/tg

text: Naoko Watanabe photo: Kenta Yoshizawa
Discover Japan 2021年11月号「喫茶のススメ」

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