TRADITION

きつねとたぬき、おもたせ、豚より牛…。
柏井壽に学ぶ《京都の心を知るための22のことば②》

2021.10.6
きつねとたぬき、おもたせ、豚より牛…。<br><small>柏井壽に学ぶ《京都の心を知るための22のことば②》</small>
殿田の「たぬきうどん」

「おいでやす」、「おこしやす」……。京都を訪れると耳にするはんなりした言葉。何気ない言葉に秘められた本当の意味を、京都で生まれ育った柏井さんに教えてもらいましょう。

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選・文=柏井壽(かしわい・ひさし)
1952年京都生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区で歯科医院開業。一方で、『京都』『日本旅館』『食』をテーマとするエッセイ、小説を執筆。近著に「鴨川食堂おまかせ(小学館文庫)」「京都に行く前に知っておくと得する50の知識(ワニブックス)」がある。

「よろしいな」

たとえば、京都の割烹店のカウンターで、昨夜あなたが食べに行った店の話をしたとしましょう。そこはいまをときめく人気店です。あなたの言葉には少なからず、自慢の匂いがします。「よろしおしたなぁ」女将がそう言います。でも、女将の本音は冷ややかです。悪いと思っているわけではありませんが、決してうらやましがってなどはいません。そういう会話自体を好ましく思っていないのです。 褒めるにせよ、けなすにせよ、京都の店では、ほかの店のことをあまり話さないほうがいいのです。

「よろしいな」という言葉を京都人はよく使いますが、心底、よいと思っているかどうかは、その場の空気を読まないとわかりません。 街角で出会った京都人同士。

「お出掛けどすか」

「へえ。ちょっとそこまで」

「よろしおすなぁ」

何がいいのか、さっぱりわかりませんが、これが京都人のあいさつ。

「ぶぶ漬け伝説」

これくらい有名な話もありませんね。京都というと必ず引き合いに出される、〈ぶぶ漬け伝説〉。いかに京都人が扱いづらいか、という典型例としてまことしやかに語られます。

京都人の家を訪ねていて、つい話し込み、時分時になった。と「ぶぶ漬けでもどうどすか」と誘いの言葉を掛けられる。これを真に受けて待っていると、冷ややかな目で見られる。いつまで待っても、お茶漬けなど出てこない。これは早く帰れという合図なのだから。

とてもよくできた話ですね。ですが、そもそも、こんなシチュエーションがあるでしょうか。一介の旅人に、そんなに親しい京都人がいるのなら、引き際など言われなくてもわかっているはずです。60年以上も京都に住んでいますが、「ぶぶ漬けどうです?」なんて言われたことは一度もありません。京都人はイジワルだ、と言いたいための話だと思ってください。

「暑おしたなぁ」

殊さらに季節の移ろいを大事にするのが京都人です。それが務めだと思っているのかもしれません。ですから暦というものを忠実に守っています。

暑い暑い京都の夏。7月の終わり頃、街角で出会った京都人同士が言います。「暑おすなぁ」「ほんに暑いことどす」これが立秋を過ぎると変わります。「暑おしたなぁ」「今年も暑い夏どしたなぁ」過去形になるのです。書面だと〈暑中〉が〈残暑〉に変わりますが、京都人は普段の言葉にまで、この違いを際立たせます。

松の内を過ぎて、正月飾りをしているのは恥ずかしいことと、厳しくいい伝えられますし、それはクリスマス飾りにまで及びます。季節を重んじるのは、ひとえに京都の気候が厳しいことからきているのでしょう。底冷えの冬を過ぎこし、立春が来れば、どんなに寒くても「やっと春がきてよろしおしたなぁ」と。

「きつねとたぬき」

そばやうどんの名前は地方によって異なるのが愉しいところです。京都にも独自の品書きがあります。

たとえば〈たぬき〉。東京だと揚げ玉が入ったそばを〈たぬきそば〉といいますが、これが京都だと、油揚げがのって、あんかけになったものをいいます。京都では〈きつねのあんかけ〉が〈たぬき〉なんです。〈きつね〉だと思っていたら〈たぬき〉に化けたか、というわけです。これが大阪だと、〈きつねそば〉を〈たぬき〉と呼びます。同じ関西なのですが、京都と大阪では別の食べ物になります。仲が悪いわけではありませんが、いろいろと違いがあります。

それはさておき、とにかく京都人はあんかけが好きですね。〈卵とじ〉が〈けいらん〉、東京風でいう〈おかめ〉は〈のっぺい〉。あんをかけると品書きが、風雅な名前に変わります。うどん屋さんのメニューを見ているだけでも愉しいのが京都です。

「おもたせ」

いかにも京都らしい言葉ほど、間違った使われ方をされているのは、何とも哀しいことです。たとえば最近よく耳にする〈おもたせ〉などがその典型です。

雑誌の京都特集や、京都のガイド本などを見ると〈しゃれた手土産〉のことを〈おもたせ〉だと思っているようですが、本来の意味はそうではありません。何人かが京都人のお宅に招かれて、それぞれ手土産を持って行きます。お茶菓子だったとしましょうか。お茶の時間になって、その家の主人が、件のお茶菓子を披露します。「〈おもたせ〉どすけど、皆でいただきましょか」

〈おもたせ〉はこういうときにだけ使う言葉です。自分が用意したものではなく、ほかの人が持って来たもの、という意味です。 ただの手土産を〈おもたせ〉などといって、先方に渡すのは、間違った言葉遣いです。誤用を広めるメディアには困ったものです。

「豚より牛」

関東の方と食べ物の話をしていて、一番驚くのは、豚肉を多用されることです。肉じゃがにも豚肉だそうですし、カレーにも豚肉と聞いて、たいていの京都人はびっくりします。

豚か牛か、なんて迷うこともなく、肉じゃがといえば牛、カレーといえば牛。カツといっても、まず頭に浮かぶのは牛肉。それが当たり前だと思っています。なぜそうなったかといえば、おそらく身近に牛肉の名産地があるからだろうと思います。

西には丹波牛や神戸ビーフ、東には近江牛、南東には松阪牛。京都の街は名だたる銘牛に囲まれています。これを僕は〈銘牛トライアングル〉と名づけましたが、京都人の牛肉好きの、ひとつの理由になっていることは間違いないと思います。カツサンドもしかり。ビフカツサンドがスタンダードで、「志津屋」などは、トンカツサンドより安い。豚より牛の京都です。

 

《京都の心を知る言葉》

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illustraion : Takako Shukuwa special thanks : Motoe Fuk
Discover Japan TRAVEL 2017年号『プレミアム京都』

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