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白洲信哉さんが行く!
祭りと美味でめぐる桑名旅【後編】

2020.12.18 PR
白洲信哉さんが行く!<br>祭りと美味でめぐる桑名旅【後編】

伊勢神宮参詣の玄関口であり、東西の物流の拠点として、また東海道の宿場町として栄えた三重県桑名市。桑名市の「魅力みつけびと」で、伝統ある桑名の祭りにすっかり魅せられた白洲信哉さん。4回目の桑名訪問は、この地ならではの食文化をめぐる旅になりました。

≪前編を読む

〈旅する人〉
白洲信哉さん
1965年、東京都生まれ。文筆家。日本文化の普及に努め、書籍編集ほか、文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。

旨い酒がある町には、決まって美食がある。

このたび4回目の桑名訪問になり、真っ先に訪問したのが後藤酒造場だったのも、石取祭翌朝の余韻、街角にうっすら漂っていた酒の香りを思い出してのことだった。祭りと酒はセットで、先の石の清めと同様に、清酒は言葉通りの意味なのだ。昨今お酒については議論あるところだが、お国柄を端的に示すのが土地土地の酒で、山車に同乗したご当地の酒樽に、桑名には伝統が現在進行形で生きていると僕には思えた。本年はコロナ禍で、上げ馬神事なども中止を余儀なくされた。「真夏、普段でもお酒が売れないのに今年は石取祭まで中止になって」と後藤社長がぼそっと。本音に近いのだろうと、酒蔵に飾ってあった「酒は現金」の表札に僕はしみじみ感じ入る。

旨い酒がある町には、決まって美食がある。桑名初体験上げ馬神事は、桑名名物蛤のしゃぶしゃぶを食し臨んだが、このたびは焼きハマ、それも「その手は桑名(食わない)の焼き蛤」を地でいった逸品だった。桑名駅のほど近くにある「丁子屋」7代目の主人大村健司さんは、初代歌川国貞が安政期に描いた「東海道五十三次之内 桑名之図」をヒントに、殻付きの蛤を炭火で枯れた松ぼっくりと一緒に焼いてくださった。主人いわく松ぼっくりを敷くことで松の香りだけでなく、蛤がいい具合に安定するとのこと。即座に「その手は喰わないよ?」と言いかけやめた。しゃれでなく、本当に美味だったからだ。『東海道中膝栗毛』の弥次さん喜多さんも、桑名でこの焼き蛤を肴に酒を飲んでいるが、あまりの美味を秘密にしたくてしゃれにしたように思えてくる。古に学んでいる主人を僕は信用するのは、「真似ぶ」ことでさらに「学び」を深めていくと僕も普段親しんでいる古陶から教えられたからだ。これは番外ですけどと、最後に主人が蛤とハモをしゃぶしゃぶ仕様にしてくださった。僕は桑名の酒を注ぎ、いいあんばいに術中にはまったのである。

ハマグリ料理の老舗「丁子屋」では、「東海道五十三次之内 桑名之図」に描かれた焼きハマグリをいまに伝える。松ぼっくりを焚いてハマグリの目番(めつがい)のほうから焼くと、貝柱が残らず味もよいとされる当時の記録まで再現

酒に酒の肴、と並べば酒に盃は欠かせない。ご当地には江戸期より萬古焼という全国を見渡しても珍しい産地名を冠しない焼物がある。桑名萬古焼を再興した初代加賀瑞山に学んだ3代目加賀瑞山さんは、70半ばでいまも精力的に作陶されておられた。こうした伝統産業や先に述べた伝統芸能の根底には、幕末に節を曲げず義を貫いた反骨の歴史など、桑名の藩風とか藩是の意識がある気がする。萬古焼の祖と言われる沼波弄山は、船馬町生まれの江戸店持商人つまり豪商で、現在の諸戸氏庭園の基礎をつくった山田家と姻戚関係だった。お隣の六華苑をつくったのは山林王と呼ばれた2代目諸戸清六であり、船馬町の宿も、元は材木商の本家をリノベーションしたものだった。こうした桑名各所に残っている固有の伝統文化が、地方主権の大きな柱になっていくべきだと僕は強く思う。

高校を卒業して祖父に陶芸を学び、茶道、日本画、書道にも造詣が深い3代目加賀瑞山さん。成形、窯焼き、絵付けなどすべての工程を自身で手掛ける。傾斜地を掘りつくった穴窯は、登り窯と違って単室ゆえの一発勝負で、炎を操る難しさとおもしろさがあるという
一筆で富士を表した左の茶碗は炎と灰任せ

旅の終わりに多度大社に参拝。社殿を見上げると磐座が。清流「落葉川」が流れ出し、上げ馬の騎手が滝壷で祭りの早朝、身を清めていた姿を思い出す。祭りや芸能は神事を根っ子に、この地の酒やビールは清らかな神水から生まれている。桑名ブランドに通底しているのは、混じりけのない自然からの贈りもので、僕は細川酒造の細川富生代表から頂戴したクラフトビール「上馬」を呷り、清浄になって帰路に就いたのだった。

鳥居をくぐり、白い神馬に迎えられて本殿に向かうと、あたりは静謐な空気に満たされている。創建は5世紀後半と伝わり、伊勢神宮との関係が深く、「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」と謡われるほど。多度祭の上げ馬神事の舞台でもある

旨い酒があれば美食あり

桑名には地元の米と酵母にこだわる酒蔵や、江戸時代のハマグリの食べ方を追求する店がある。

出来たてのクラフトビールに舌鼓を打つ
「細川酒造」

多度山のふもとに位置し、仕込み水は敷地内の井戸からくみ上げる養老名水。三重県産の酒米を使う「地酒 上げ馬」、有機無農薬麦芽とホップを用いる「三重路・上馬ビール」が美味。ビールはドイツスタイルの3種類。

細川酒造
住所|三重県桑名市多度町古野1474
Tel|0594-48-4390
営業時間|8:30〜17:30
定休日|土・日曜、祝日

桑名名物、焼きハマグリを堪能する
「桑名 丁子屋」

1843年創業、7代目の大村健司さんが暖簾を守る。桑名のハマグリは全国でも珍しくなった日本古来の種。丁子屋では古風に習い、調理場で焼く際にも松ぼっくりを敷いて、香りをつけている。

桑名 丁子屋
住所|三重県桑名市寿町3-56-1
Tel|0594-22-6868
営業時間|11:00〜14:00(L.O.13:30)、17:00〜21:00(L.O.20:30)
定休日|水・木曜

小規模ならではの自由さがある酒蔵
「後藤酒造場」

量よりも質、お客の好み、季節ごとの味わいを大事に、家族で酒造りを行う。代表銘柄「青雲」の純米大吟醸(中央)は、パリのソムリエコンクールでトップ5に選出。左は後藤さん好みの山廃純米、右は地元の酒米・神の穂を用いた純米吟醸「颯(はやて)」。

後藤酒造場
住所|三重県桑名市大字赤尾1019
Tel|0594-31-3878
営業時間|9:00〜17:00
定休日|土・日曜、祝日

木材商の本家を用いた一棟貸しの宿
「MARUYO HOTEL」

かつて船馬町で材木商を営んでいた「丸与木材」の、築70年の古民家をリノベート。土壁を残したダイニング、ジョサイア・コンドルをオマージュした洋室、現代アートとアンティークなど、古今東西が心地よく交わる。うつわは内田鋼一さんの作。

MARUYO HOTEL
住所|三重県桑名市船馬町23
Tel|090-2773-0004
料金|1泊1棟6万6000円〜(税・サ別)

今回の旅を動画で体感!

≪前編を読む

text: Shinya Shirasu, Yukie Masumoto photo: Sadaho Naito
2021年1月号「温泉と酒。」


≫育てたい土鍋。伊賀の土で生まれた「圡楽」

≫日本で最初のツアー&団体旅行「お伊勢参り」

≫日本人なら知っておきたいニッポンの神様名鑑「天照大御神」

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