天理市で起きている “支え合い”
はじまりの奈良
初代神武天皇が宮を造られ、日本建国の地とされている奈良県。連載《はじまりの奈良》では、日本のはじまりとも言える奈良にゆかりのものや日本文化について、その専門家に話を聞いていきます。今回は、“支え合い”をキーワードのひとつに、さまざまな活動を続けている奈良県天理市を紹介。どのように市民の暮らしをサポートしているのか、市長に話をうかがいました。
人との接点や関係性を
大切にした取り組み
今回話を聞いたのは、2013年から天理市長を務める並河健さんだ。実は同市では、2020年8月に天理大学ラグビー部の寮で新型コロナウイルスのクラスターが発生し、62名が感染。その後、同大学のラグビー部員でない学生が教育実習の受け入れを断られたり、大学に批判の連絡が相次いだりし、並河さんは同大学学長と共同で記者会見を開いたほどだった。さまざまな立場の声を受け止めながら、並河さんが痛感したのは何だったのだろう。
「精神行動医科学の研究によれば、人は見えない不安が募ると、見える特定の対称を嫌悪して攻撃することでつかの間の安心を得ようとするのだそうです。私たちは恐怖によってお互いを縛り合っていないか、傷つけ合っていないかと考えました。あらためて天理市がかねてから大切にしている“支え合い”を大事にし、不安の解消に努めたいと感じたのです」
そうして生まれたひとつが、市内在住または市内大学に通う大学生が、中学3年生に勉強を教える「天理まなび支え合い塾」。保護者の収入やバイト収入が減少した大学生が、市から報償を受けて、中学生に放課後の学習支援を行っている。現在80名以上が参加するほど人気だという。
ほかにも“支え合い”の取り組みが複数ある。ひとつが、2015年度から行っている認知症予防プログラム「活脳教室」。要介護1までの65歳以上の市民を対象に開催する、脳の健康教室だ。参加者は教室サポーターという有償ボランティアとともに、約30分の簡単な読み書きや計算などの“脳トレ”を行う。
その内容は、公文教育研究会などの研究チームが開発した、認知症高齢者の脳機能の維持・改善に効果がある非薬物療法「学習療法」を応用したもの。参加者からは「毎日の生活に張りができる」、「意欲がわく」といった前向きな声が上がり、教室サポーター側も活動への積極性向上などの実感値が向上している。
「回数を重ねるうち、参加者の方々が見た目を意識されるようになり、格好や髪型、表情なども変わっていっています」
この取り組みで特にユニークなのは、成果連動型支払事業(PFS)になっている点だ。成果評価機関としての慶應義塾大学が入り、MMSE(認知症の疑いを判断する検査)の改善率などの成果指標の目標値を定めた上で、その成果に応じた委託料が市から公文教育研究会に支払われるのだ。ちなみに、昨年度は目標値をすべて達成している。
次が、車を使って買い物へ行けない高齢者のための「買い物支援」。若手職員のアイデアから、公民館の駐車場など市内20カ所以上での移動販売がはじまった。民間と行政が社会課題の解決のために手を結び、地域の人々に“自分で選ぶ買い物の時間”や“地域の人同士の顔合わせの場”を提供している。
最後に、多世代のつながりを大事にしている「てんり高原マルシェ」。市が高原地域にある元キャンプ場を提供し、それを整備して活動拠点にしている森のようちえん『ウィズ・ナチュラ』と地域の人々が、2019年8月から開催している。
「人は支える側になることもあれば、支えられる側になることもあります。方向性をきちんと見て、柔軟に対応できる行政を目指していきたいと思います」
cooperation: Masayuki Miura edit: Hazuki Nakamori text: Yoshino Kokubo photo: Yuta Togo、Tenri-city
2020年12月号 特集「全国の有名ギャラリー店主が今注目するうつわ作家50」