ART

小松美羽をアーティストに開花させた恩人。
塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)~第2章~

2020.9.4
小松美羽をアーティストに開花させた恩人。<br>塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)~第2章~
「アート・オフィス・シオバラ」代表で、世界中のアーティストとつながるアートディーラーの塩原将志さん

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「アートの価値は、人がつくるもの」

私が小松さんに「ニューヨークのアートシーンを見なさい」と言えたのは、アートアドバイザー/アートディーラーとして、個人、企業のコレクション形成のお手伝いをしており、年間の約半分は海外のアートイベントに足を運び、国際展、美術館やギャラリーの展覧会、アーティストのスタジオ、アートフェアやコレクター向けのプログラム、主要オークションなどで情報収集と作品購入を行っているからです。

もちろん、若いアーティストが自費で遠方まで出向くのに、無駄足を踏ませるわけにはいきまん。現地にはネットワークがあり、アーティストにとってもある程度のよい刺激を与える自信はありました。

日本でも2019年8月に映画『アートのお値段』(原題:『THE PRICE OF EVERYTHING』)が公開されました。この映画は、アートとお金の関係を探るドキュメンタリーとして、世界のアートマーケットで戦うキープレイヤーたちの仕事や証言をもとに構成したものです。オークショニア、アーティスト、ギャラリスト、クリティック(批評家)、コレクター、キュレーター、コンサルタントといったさまざまな立場のアートピープルが登場します。  スクリーン越しに見ていると遠い世界の話のようですが、実は、私にとっては目の前のこと。登場する人物の半分以上は会って話し、情報交換をしており、また実際に作品取引のある方もいるのです。

もちろん、小松さんもニューヨーク滞在中にオークション会場や画廊、レセプションなどで実際に会った人たちです。

塩原さんが尊敬するアーティストで親しい友人でもある、美術家、Vik MUNIZ(ヴィック・ムニーズ)が、MIT (ニューヨーク・メトロ)の依頼で制作した作品。セカンドアヴェニュー69丁目駅内の壁画には、モザイクでできた塩原さんの肖像とヴィックの息子が描かれている。ヴィックのスタジオには小松さんも訪れた

アート業界に入って33年、コンテンポラリーアートを専門に扱って約20年。毎年、世界のアートサーキットを回る中で気がついたのは、「アートの価値は人がつくるもの」ということでした。作品をつくる、売買する、展示する、芸術的価値を論じる、所有するといったすべてのことは人が関与しています。

とりわけ影響力をもったプレイヤーたちの存在は大きく、彼らによって美術品の価値は見出され、将来へと受け継がれていくのです。下写真はそうしたアートワールドにおける7種類のプレイヤーの関係図です。美術品の価値というものが、さまざまな立場のプレイヤーの関係性の中で形成されていることがわかることでしょう。こうした国内外のプレイヤーたちと日々交流し、刺激を受け、その考え方を学ぶことは この仕事における大きな喜びです。

アーティストが作品をつくり、所属するプライマリーギャラリーからコレクター、セカンダリーギャラリーに作品が流れる。基本的に、アーティストのキャリア、将来性、作品の芸術性、サイズなどを考慮し、資産としての観点から販売価格を設定する。作品の価格はここからスタートする

惑わされない自分の価値判断をつくる

私が日動画廊に入社したころは、美術の知識もなく、芸術体験も数えるほどでした。この世界で生きて行くにはどこから手をつけたらいいのだろうと途方に暮れていたとき、長谷川徳七社長に「とにかく美術館に行け」と言われました。

そして「よいものをみておけば、悪いものがわかる。悪いものだけを見ていても、よいものは見えない」とアドバイスをいただきました。

これは知識だけでなく作品の前に立ち、実感することの大切さと、歴史に対峙し、一過性の流行や人気だけに惑わされない、自分の価値判断のもってその基準を高めよ。という教えでした。

アーティストにとっても大切なことであり、そのためにニューヨークは環境が整った、一度は目にしておくべき街なのです。

好き・嫌いは大切だが、絶対的ではない

「アートは好きか嫌いでしか判断できない」という声をよく耳にして、私も美術品の最終的な判断は「好き・嫌い」だと思うひとりです。また、「好きなものを買うのが正しい」といわれます。しかし、好き嫌いの判断は絶対的なことではないとも思っています。

多くのアートコレクターも、最初は自分が知り得た情報や経験によって、好き嫌いを判断し作品を購入してコレクションがはじまります。

それは、用具を使うスポーツをする人であれば、最初に手短にある道具を買ってはじめ、その後、経験や知識も増えて技術も向上すると、もっとスペックの高い自分に合った道具が必要になってくるのと似ています。

コレクターも知識や芸術体験や選択肢が増えてくると、好き嫌いだと思う作品も変わってくるのです。ですから、お客さまには作品をおすすめするだけではなく、より多くの情報と芸術経験と選択肢を提供することを心掛けています。

また、作品をおすすめするときは「なぜ」を大切にするのです。もし、お客さまの美術史や専門的知識が少なくても、まず目の前にある作品が「なぜ」好きなのか、または嫌いなのかを考えるだけでも作品に一歩近付くことができ、理解が深まりより楽しめるようになるからです。

こうして考え、楽しみながら、集まっていくコレクション(作品たち)は、次第に個人の場合はその人なりを、企業の場合にはコーポレート・アイデンティティの代弁者となっていきます。

これがアーティストだったら、自らの知識や芸術体験が増え、技術が向上し、やりたいこと、伝えたいことが明確になれば、表現や技法の選択肢も増えるのではないでしょうか?

広島・ウッドワン美術館で、ブラジル出身の双子の兄弟からなるストリートアーティスト、OSGEMEOS(オスジェメオス)の作品を見つめる田口弘さん。塩原さんがアドバイザーとして関わる、「タグチ・アートコレクション」のオーナーだ

“新しいものをつくる”という点において、現代アートは、ビジネスのお手本になる

タイミングよく小松さんは、現場にお連れすることができましたが、前項でも記したように誰でもお連れすることはできません。しかし、私が集めた情報を提供し、コレクションの初期段階から作品収集をアドバイザーとしてお手伝いをさせていただいている「タグチ・アートコレクション」では、世界各地で素晴らしいと思ったアーティストや、心を打たれた作品を日本の皆さまにもご覧いただけます。

このコレクションは、美術館やアートスペースなどでの公開を前提として作品を収集し、日本にいても世界のアートの動向を海外と時差なく紹介する、田口弘さん(現・エムアウト会長)とお嬢さまの美和さんが親娘の二代でつくられている個人コレクションです。

そのはじまりは、田口さんが、ミスミ (現・ミスミグループ本社) 社長であった1990年ころのことでした。新橋(十仁病院ショーウィンドウ)で見かけたキース・へリングの版画の斬新な構図やカラフルな色合いに心を打たれたことがコレクションのきっかけとなったのです 。そして、アメリカ現代アート版画作品の収集をはじめ自社に飾って楽しみますが、やがて企業コレクションとなり、いつしかミスミ・アートコレクションとして多くの美術館 を巡回するまでになりました。

その後に、いろいろな国の現代アートを見るようになって、それぞれの国にそれぞれ特徴のあるアートが存在すること、そしてその動向にも興味をもち、アメリカだけにとらわれることなく、主に世界情勢が大きく動いた1980年代以降に制作された各国の特徴ある現代アートを、タグチ・アートコレクションとして、2000年頃から個人的に集めるようになりました。

現在は世界中から集めた約220アーティストの550作品を所蔵する、日本を代表する現代アートコレクションです。

コレクションオーナーの田口さんは、「私は約50年間ビジネスに携わってきましたが、ビジネスとは常に新しいものをつくり続けることだと考えるようになりました。新しいものをつくり続けるという点では、現代アートはビジネスよりかなり進んだ、まさにお手本のように思えてなりません」 と言います。

よいコレクターは買ったモノを後悔しない、買わなかったことを後悔する

タグチ・アートコレクションの初期段階で、私が国内外で見て感銘を受けたプライベートコレクションを参考に、収集方針として以下4点を提案いたしました。

【1】
企画力に定評がある美術館やパブリック・ アートスペースにおいて自らの個展を開催、または、その予定のあるアーティストの作品。

【2】
主要アートイベント(国際展など)において評価を得るか、それが期待される若手アーティストの主要アートイベント出品作、または同時期の代表作。

【3】
1980年以降制作のブルーチップ(評価の確立された)アーティストとその作品。

【4】
海外有力コレクションと連動してアーティストと作品の調査発掘を行い、同時期に作品購入 。

その後、一定数の作品が集まったところで、コレクションカタログを制作し、 美術館での一般公開となります。

田口さんにお約束した通り、2010年に、キース・ヘリング、マシュー・バーニー、ライアン・マクギネス、ヴィック・ムニーズ、ケヒンディ・ワイリー、ジュリアン・オピー、カラ・ウォーカー、奈良美智、鴻池朋子、天明屋尚など全68作家、109点の作品を収録したコレクションカタログ『GLOBAL NEW ART TAGUCHI ART COLLECTION #01』が美術出版社から出版され、現在まで国内10美術館と2パブリック・アートスペースでコレクション展が開催されています。

現在までのタグチ・アートコレクション展
▽「GLOBAL NEW ART この世界を生きるアート」
2011年7月12日~8月31日/東郷青児損保ジャパン日本興亜美術館
▽「絵画は踊る – タグチ・アートコレクションのエッセンス」
2013年8月17日~9月1日/スパイラルガーデン
▽「たぐ展☆TAG-TEN」
2014年7月19日~9月28日/長野県松本市美術館
▽「てくてく現代美術世界一周」
2015年2月3日~5月17日/岐阜県美術館
▽「しあわせの相関図」
2016年4月23日~5月29日/三菱地所アルティアム
▽「GLOBAL NEW ART タグチ・アートコレクションのエッセンス」
2017年8月25日~1月12日/ウッドワン美術館
▽「リチャード・モス/マリア・タニグチ」
2017年9月16日~11月12日/群馬県立近代美術館
▽「THE ART SHOW – タグチ・アートコレクションにみるミレニアムの美術」
2017年9月16日~12月17日/群馬県立近代美術館
▽「21世紀の美術 タグチ・アートコレクション展」
2018年4月21日~6月17日/平塚市美術館
▽「球体のパレット~タグチ・アートコレクション~」
2019年4月16日~6月19日/北海道立帯広美術館
2019年6月28日~8月29日/北海道立釧路芸術館
2019年9月7日~11月10日/北海道立函館美術館
2019年11月19日~2020年1月13日/札幌芸術の森美術館

開催中および開催予定のタグチ・アートコレクション展
▽「現代美術の最前線―タグチ・アートコレクションより」
2020年8月29日~10月11日/下関市立美術館
▽「開催予定の展覧会」
2021年4月 いわき市美術館

札幌芸術の森美術館で開催された「球体のパレット~タグチ・アートコレクション~」の様子。中央にあるのは彫刻家、名和晃平さんの作品。その後ろ右にあるのは、エチオピア出身の アーティスト、Elias Sime(エリアス・シメ)の作品で、現在横浜トリエンナーレにも出品中。ホイットニー美術館の「ヒューゴ・ボス賞2020」のファイナリストとしても知られている
現在、下関市立美術館で開催中の展覧会「現代美術の最前線―タグチ・アートコレクションより」では、デンマークのアーティストグループ「SUPERFLEX(スーパーフレックス)」の作品『IT IS NOT THE END OF THE WORLD』など、全73点中、70%以上が初公開。新型コロナウイルスの状況を鑑み、ぜひ訪れてみてほしい

千葉県の川村記念美術館準備室でマーク・ロスコやフランク・ステラなど、アメリカ現代美術のすぐれた作品を収集し、1990年に美術館が開館すると、ステラ、ロスコ、ロイ・リキテンスタインなどの展覧会を企画し、ミスミコレクションのアドバイザーもなさった広本伸幸さんは、タグチ・アートコレクションのカタログの本文「タグチ・アートコレクションの価値について」の中で、以下のように記しています。

“同時代の作品を購入する際には将来的価値の変動という大きなリスクが伴うのは当然である。逆に考えればそのリスクを恐れることなく、自分の目と先見性を信じ、優れた専門スタッフに恵まれたものだけが、「まだ価値の定まらない」あるいは「将来性が不確かだ」とされる最新の作品をコレクションすることが可能だといえる。そして、自ら築き上げたコレクションのおかげでコレクターとして成功し、そのコレクションと共に名前が歴史に残っていくのである”

“アートの本質は人間性の解放と自由な表現にほかならない。作品は個としての人間が作り出す最高の価値を持ったものである。それを求める個としての需要が市場を形成し、 商品としての作品が資産となり、国家的資源と発展していく”

私は、この言葉を肝に銘じてタグチ・アートコレクションをお手伝いしています。

塩原将志(しおばら・まさし)さん
アート・ディーラー。1987年、日動画廊入社。ギャラリー日動ニューヨークINC.代表を務めた後、タグボート創始時期よりアドバイザーとして参画。2004年、アート・オフィス・シオバラを設立

≪第1章「決断力と行動力は、アーティストとしての大切な要素」
≫第3章「アートは無意識に、大きな影響を与えている」

小松美羽の「大和力」に影響を与えた恩人たち
1|塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)第1章第2章第3章
2|齋藤峰明(シーナリーインターナショナル代表)
3|Luca Gentile Canal Marcante(アートコレクター/起業家)
4|JJ Lin(シンガーソングライター)
5|手島佑郎 Jacob Y Teshima(ヘブライ文学博士)
6|加藤洋平(知性発達学者)
7|飛鷹全法(高野山高祖院住職)

小松美羽さんが裏表紙を飾るDiscover Japan10月号もチェック!

Discover Japan10月号では、巻頭特集で小松美羽さんを特集しています。
宗教や伝統工芸など、日本の文化と現代アートを融合させ、力強い表現力で、神獣をテーマとした作品を発表してきた現代アーティスト・小松美羽さんの、すべてが本書に詰まっています。

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text=Masashi Shiobara photo=提供
2020年10月号「新しい日本の旅スタイルはじまる。/特別企画 小松美羽」


≫日本仏教三大霊山 高野山、比叡山、身延山へ。祈りのアーティスト・小松美羽がめぐる旅(前編)

≫2020年最注目のアーティスト、小松美羽とは?

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