小松美羽をアーティストに開花させた恩人。
塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)~第3章~
「アートは無意識に、大きな影響を与えている」
自分でも、何年も飽きずによく毎日毎日作品を見ていられるものだと思うことがあります。
作品の前に立つと、見えていたのに心に映らなかったこと、知っていたのに感じなかったこと、本当に知らなかったことなどに気付きがあり、ハッとすることもしばしば。そして視点が変わる、脳細胞を刺激する、そんな作品が私は大好きです。
また、人としての生き方の基準、物の考え方、あるいは行動の仕方の基準は、教育や学問、環境によって形成され、 毎日接する美術品は無意識にそれらの基準に大きな影響を与えると思います。
アメリカの法律家、オリバー・ウェルデン・ホームズは「知恵は過去の抜粋であるが、美は未来の約束である」と言いました。
現代アートにとって歴史と現代の双方が重要であり、その対話とせめぎ合いから新しい発想や価値観が生まれます。
そして現代アートには、自分でも「過去はつくれないけど、未来をつくっていくことはできる」と思える瞬間があります。
日本にいても、各地の画廊から作品情報は入手できるのですが、紙面やPCの画面上で目にした作品も、実際にその前に立ち直接対峙したときの感覚は別次元であり、その作品の佇まいを感じることができるのです。
とはいえ、目の前の作品を見て、「アートとは何?」「これがアートなの?」と考えることもしばしばです。そんなとき、「感性とは、経験と知識から絞り出される最後の一雫」なのかもと思ったりします。
「アートディーラーは人と作品をつなぐ」
私の仕事は人と作品をつなぐことなのかもしれません。だから、「その美術品が質の高いものであってほしい、刺激的な人に会いたい、そして素晴らしい作品を紹介したい」と世界各地に出向いています。そして、お手伝いしたコレクションを通じて、その作品を多くの方と共有したいと思っています。
本当によい作品は常に売り手市場で、マスターピースになればなるほど競争相手も増えて入手困難になります。これを手にするには資金だけではなく、持ち手(買い手、所有者)や仲介者の資質が問われるからです。
究極の目標は「よい人(コレクター)とよい作品をつなぐ」ことになります。
私のような(アートアドバイザー、コンサルタントを専業とする)人は、日本ではあまりいないかもしれませんが、海外では多く存在し、それぞれが情報をもっていて、よい作品にはみんな鼻を効かせて寄ってきます。
これぞというアーティストの作品販売においては、ギャラリーは買い手を選ぶのです。私がこのアーティストのこの作品を買いたいと言うと「あなたを何番目のリストに入れました」と返されるときもあります。ただお金を積めば買えるのではなく、買い手にはその資質において優先順位がつけられています。
アーティストとギャラリーにとって優先順位が一番高いのは大きな美術館です。次に、コレクションの内容はもちろんですが、コレクションを公開するスペースがある有名コレクター。3番目はスペースはないけれど、美術館などのパブリックスペースで公開されているコレクションです。
もし、作品を利潤でしか見られない、アーティストを銘柄、作品は株、どの作品も額面が同じとしか扱えない「フリッパー」に作品を渡せば、その作品はすぐに転売されるだけです。コレクターやアドバイザーの振りをしたフリッパーは一番タチが悪いのです。
私の仕事は、この買い手のヒエラルキーの中で顧客や自分自身の優先順位を上げ、そしてほしい作品を入手できる確率を上げていくことです。買う側の交渉力、買い手としての力もつけていかなければならず、そのためのアドバイスを行ったり、顧客(コレクター)と一緒に作戦も立てるようにしております。
これはよいと思う先にある、“世に残る”という感覚も大切
絵は、元来、文字の読めない人々 に、信仰、歴史、思想、哲学、情報などを伝えるためにつくり出された人間の知恵の産物でした。過去の傑作と呼ばれる作品には、見る人の感性、知性、価値観、経験、哲学のすべてにおいて感じることを可能とする深度が存在し、制作当時の「時代」が映し出されています。
現代アートは、最終的に普遍的価値があるか否かは、未来において時代の判断と歴史の選択を受けることになります。しかし、いまも昔も世界各地にいるアーティストは「そのとき」 だからできる素晴らしい価値の創造に挑み続けています。
いま、世に残る過去の傑作も、制作当時は革新的でありすぎるゆえに、理解困難で受け容れ難い作品もあったでしょう。それでも100年後、1000年後、2000年後 の「いま」では、その表現がスタンダードとなり多くの人に賞賛されていることは歴史が証明しています。「これはよいと思う先にある、残るって感覚」も必要です。
過去の偉大なアートディーラーは、前世代からの価値の継承のみならず、次世代に続く新しい発想や芸術を継続的に社会に提供してきました。私も現代アートを通じて偉大なる先輩に近づきたいと思っています。
塩原将志(しおばら・まさし)さん
アート・ディーラー。1987年、日動画廊入社。ギャラリー日動ニューヨークINC.代表を務めた後、タグボート創始時期よりアドバイザーとして参画。2004年、アート・オフィス・シオバラを設立
≪第1章「決断力と行動力は、アーティストとしての大切な要素」
≪第2章「アートの価値は、人がつくるもの」
小松美羽の「大和力」に影響を与えた恩人たち
1|塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)第1章/第2章/第3章
2|齋藤峰明(シーナリーインターナショナル代表)
3|Luca Gentile Canal Marcante(アートコレクター/起業家)
4|JJ Lin(シンガーソングライター)
5|手島佑郎 Jacob Y Teshima(ヘブライ文学博士)
6|加藤洋平(知性発達学者)
7|飛鷹全法(高野山高祖院住職)
小松美羽さんが裏表紙を飾るDiscover Japan10月号もチェック!
Discover Japan10月号では、巻頭特集で小松美羽さんを特集しています。
宗教や伝統工芸など、日本の文化と現代アートを融合させ、力強い表現力で、神獣をテーマとした作品を発表してきた現代アーティスト・小松美羽さんの、すべてが本書に詰まっています。
text=Masashi Shiobara photo=提供
2020年10月号「新しい日本の旅スタイルはじまる。/特別企画 小松美羽」