2名の賢者が語る、小松美羽の魅力。
加藤洋平(知性発達学者)
「世界にまだないものを抱擁する力を秘めている」
私が小松さんの作品に出合ったのは、いまから4年前のことになります。当時、オランダのフローニンゲン大学で人間の発達について研究していた私は、偶然のきっかけで出合うことになりました。見た瞬間に、作品に内包されたエネルギーの濃密さに感銘を受け、そして何より、世界観に強く惹かれたのを覚えています。
小松さんが大切にしておられる「大和力」という言葉は、アメリカの思想家のケン・ウィルバーが提唱した「インテグラル理論」の思想にとても近しいものがあります。ウィルバーは、科学と宗教の分断を乗り越えるために、東西の伝統的な諸々の思想とさまざまな学問分野の叡智を数珠繋ぎに統合させ、インテグラル理論と呼ばれる思想体系を提唱しました。彼女の作品世界と作品の根底には、現代社会の諸々の分断を乗り越えていくことへの願いが込められているように感じられ、その点にも大きな感銘を受けました。
科学技術の急速な進歩を含め、さまざまな要因から、現代社会の複雑性は増す一方です。それに加えて昨今では、異常な自然災害が多発し、地球の生態系の危機も危ぶまれています。直近においては新型コロナウィルス感染症の蔓延もあり、世界は混迷を極めているように思えます。そうした状況の中で私たちに求められることのひとつは、私たち自身が何者であるのかをいま一度深く内省し、諸々のつながりを回復させ、そのつながりをより深く豊かにするかたちで、直面する課題に取り組んでいくことのように思えます。
小松美羽の作品に内包された、ふたつの魅力
彼女の作品の魅力のひとつは、現代人が忘れてしまっている自己の深い部分のつながりを取り戻す触媒の役割を果たしてくれることにあります。一連の作品を貫くテーマとして「魂」というものがあり、これはウィルバーのインテグラル理論でいえば、自己の存在の基底部分のことを指します。鑑賞していると、私たちは知らず知らずのうちに、自己の本質の一端を見て、それと向き合うことを促されていることに気づくのではないかと思います。つまり、私たちの誰しもがもっている存在の奥深くにあるものを発見する手助けをしてくれ、それとのつながりを回復させてくれる役割を担ってくれるのです。
ふたつ目の魅力としては、彼女の描く神獣の世界は、目には見えない世界への畏敬の念を喚起してくれます。ドイツの哲学者・宗教学者のルドルフ・オットーは主著『聖なるもの』の中で、私たちが真に人間性を深めていくときに大切なことは、目には見えない神聖なものへの畏怖心をもつことであると述べています。私たちの成長とは、いまの自分を超えた存在になっていくことを意味しており、自己を超越した存在に思いを馳せることは、自己成長を促してくれるきっかけになります。小松さんの作品では、肉眼ではとらえることのできない神聖な世界が描かれており、そうした世界に触れることを通じて、単に目に見える物質的な世界とつながるだけではなく、目には見えない世界ともつながることの大切さを教えてくれます。この点は、現代の物質資本主義的な世界の限界を乗り越えていく上で、とても大切なことのように思えます。
インテグラル理論の観点から見る大和力
昨今では、マインドフルネス瞑想をはじめとして、霊性を涵養(かんよう)する実践技法が広く社会の中で紹介されています。しかし、その実態は、本来囚われや執着から解放されることを目的にしていた霊性涵養手法の目的と逸脱し、いつの間にやらそうした手法そのものが物質消費対象としてみなされるようになってしまい、むしろ自我(エゴ)への囚われと執着を強める結果を招いてしまっています。これはまさに、仏教学者のチョギャム·トゥルンパが警鐘を鳴らした「霊性の物質化(spiritual materialism)」の現れだといえます。小松さんの作品は徹頭徹尾、霊性の物質化に対抗し、「真正の霊性(authentic spirituality)」がいかなるものであるかを私たちに伝えようとしているように思えます。
インテグラル理論の観点でいえば、私たちは多様な発達領域をもっており、一生涯をかけてそれらを育んでいきます。現代は、多様な発達領域の中でも霊性の発達領域が蔑ろにされる傾向にあり、彼女の作品はその点においても重要な役割を果たしてくれるでしょう。作品を鑑賞することを通じて、私たちは自分に固有の霊性が何であるのかを見つめ直すことになります。また、霊性には深さの度合いがあり、私たちは誰しも現在の自分の霊性をさらに深めていくことができます。私たちがいまどのような深さをもっているのかを教えてくれ、そこからさらに霊性を深めていくための導引役を果たしてくれるでしょう。
さらに彼女の作品は、個人の霊性を超えて、我が国にとっての霊性とは何であるか、そして国を超えて、地球規模の大きな観点から霊性を見つめ直すきっかけを与えてくれるでしょう。個としての霊性を見つめ直すこと、及び集合規模での霊性を見つめ直すことは、この分断された現代社会の絆を復権させる上でとても大事な試みになるのではないかと思います。
小松美羽の作品は、認識できなかった世界を教えてくれる
最後に、彼女の作品がもつ大きな意義は、この世界に「不在の不在化(absenting absence)」をもたらすということです。この言葉は、イギリスの哲学者ロイ・バスカーが提唱したものであり、端的には、いまこの瞬間に存在していないものをこの世界に在らしめることを意味します。まさに、私たちが認識できなかった世界や存在を在らしめることを通じて、認識の枠組みを押し広げることに貢献してくれているのです。
今回の新型コロナウイルス感染症の蔓延を含め、先の見えない現代社会において、直面する課題を乗り越えていく際に大切なことは、私たちの既存の認識の枠組みを押し広げ、これまで見落としていたことに気づきながら解決策を提示していくことではないでしょうか。まさに、そこで見落とされていたことはこれまで「不在」だったものであり、解決策もいまこの瞬間においては「不在」のものなのです。
大和力に根差した作品世界と作品は、いまこの世界にある分断されたものをつなぎ合わせていくだけではなく、いまこの世界にまだないもの(不在のもの)も抱擁していく力を秘めています。また、私たち一人ひとりの霊性の発見と涵養を促し、分断された現代社会の諸々の問題に対して光を投げかける意味で、これからますます重要な役割を担ってくれるでしょう。
加藤洋平(かとう・ようへい)さん
一橋大学商学部経営学科卒業後、デロイト·トーマツにて国際税務コンサルティングの仕事に従事。退職後、米国ジョン·エフ·ケネディ大学にて発達心理学とインテグラル理論に関する修士号(MA. Psychology)、および発達測定の資格を取得。オランダのフローニンゲン大学にてタレントディベロップメントと創造性に関する修士号 (MSc. Psychology)、および実証的教育学に関する修士号を取得 (MSc. Evidence-Based Education)。主な著書に『なぜ部下とうま くいかないのか「自他変革」の発達心理学』『成人発達理論による能力の成長』、監訳書に『インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル』などがある。 ウェブサイト「発達理論の学び舎」にて、発達理論に関する情報を共有している
小松美羽の「大和力」に影響を与えた恩人たち
1|塩原将志(アート・オフィス・シオバラ代表)第1章/第2章/第3章
2|齋藤峰明(シーナリーインターナショナル代表)
3|Luca Gentile Canal Marcante(アートコレクター/起業家)
4|JJ Lin(シンガーソングライター)
5|手島佑郎 Jacob Y Teshima(ヘブライ文学博士)
6|加藤洋平(知性発達学者)
7|飛鷹全法(高野山高祖院住職)
小松美羽さんが裏表紙を飾るDiscover Japan10月号もチェック!
Discover Japan10月号では、巻頭特集で小松美羽さんを特集しています。
宗教や伝統工芸など、日本の文化と現代アートを融合させ、力強い表現力で、神獣をテーマとした作品を発表してきた現代アーティスト・小松美羽さんの、すべてが本書に詰まっています。
text=Yohei Kato photo=提供
2020年10月号「新しい日本の旅スタイルはじまる。/特別企画 小松美羽」