親子3代の心を継ぐもてなしを堪能。
静岡県伊東「オーベルジュ 花季」
旅館というよりも一軒の瀟洒な民家。シェフで女将の細やかな心遣いがうれしい「オーベルジュ 花季」。まるで田舎の実家に帰ってきたかのような心温まる滞在ができる。
おそらく日本一小さな料理旅館(オーベルジュ)ではないだろうか。伊豆伊東の外れにある「オーベルジュ花季」の佇まいは宿というより、瀟洒な民家といった風だ。
伊東駅から車で10分ほど。松川沿いに、その宿はひっそりと佇んでいる。ここでいいのだろうか。遠慮がちに暖簾をくぐり、ガラスの格子戸を開けると、優しい笑顔が出迎えてくれる。ウェルカムカウンターに腰掛け、小さな花生けの野花に目を休めていると、お着きの菓子が出される。
はじめてこの宿を訪れたときから、何度も繰り返し、いつまでもその儀式は続くものと思い込んでいた。時が移ろえば、宿もそのあり様を変える。そんな当たり前のことに、僕は気づかないふりをしていたのかもしれない。祖母が大女将、母が女将、娘がシェフをつとめ、3代にわたる女性が営んでいた宿。いまは娘一人が孤軍奮闘して守り続けている。
大浴場もなければ、客室露天風呂もない。こぢんまりした客室がふたつ。同じ間取りの部屋には、温泉を引いた檜の内風呂があるだけ。特別豪華な設備もなければ、日本庭園を望むわけでもない。大きな宿に泊まり慣れている客には、物足りなく映るかもしれないが、実際に泊まってみると、余計なものが何もないだけに、心底安らげることに気づく。
とりあえず風呂に入る。小さな湯船に身を沈めると、湯がざあざあとあふれ出す。これがなんとも心地いい。つい鼻歌などが出てしまうのは、自分だけの温泉だから。
湯上がり、畳に大の字になって裸で寝転ぶ。この時間もまた、この小さな宿ならではのこと。誰を気遣うことなく、伸びやかなひとときを過ごせるのが、この宿の最大の魅力だ。窓の下を流れる松川を渡ってくる風が、火照った肌を冷ましてくれる。目を閉じてしばしまどろむ。
夕食は2カ所ある食事処で出される。ひとつは琉球畳の間、もうひとつはフローリング張りの洋間。どちらもゆったりとした椅子席なのがありがたい。一品ずつ、適度な間を置いて出てくる料理はどれもが美しい。
箸をつけるのが惜しまれるほどに、品よく盛られた料理はしかし、口に入れるとその力強い味わいに驚かされる。センスと味わいが共存しているのは、女3代にわたって築いてきた技と心のたまもの。
100歳にならんとしても、大女将がなお力強くつくり続けてきた「おばあちゃんの胡麻どうふ」などがその典型だ。ただ料理を出すだけでなく、どれほどその料理に愛情を込めているかを語ってくれた大女将と女将はもう居ないが、その心根はしっかりと残っている。心の糸が紡ぎ出した料理を、心で味わう。花季はそんな宿。
オーベルジュ花季
住所|静岡県伊東市岡75-32
Tel|0557-38-2020
Fax|0557-38-0809
E-mail|mail@hanagoyomi.jp
客室数|2室
料金|1泊2食付2万8080円〜(税・サ込)
カード|不可
IN|15:00 OUT|11:00
夕食|オリジナル懐石(個室食事処)
朝食|和食(個室食事処)
温泉|伊東温泉(弱アルカリ性単純泉/源泉掛け流しではない/加温あり/加水なし/疲労回復など)
風呂|部屋風呂2(温泉)
アクセス|車/東名高速道路厚木ICから小田原厚木道路経由約1時間45分 電車/JR伊東線・伊豆急行伊東駅からタクシーで約10分
館内施設|ラウンジ、食事処
Wi-Fi|あり
www.hanagoyomi.jp
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text : Hisashi Kashiwai photo : Kou Miyaji
2017年「味わいの名宿」