宮城県東松島市《後藤水産》
東北の山と海、人の手技が生み出す
牡蠣の世界【後編】
|“ニッポンの美味しい”のいまと未来③

作家・料理家の樋口直哉さんが訪ねる、知っておきたい“ニッポンの美味しい”のいまと未来。美味しいものは、生産者の方々なくしては語れません。作家かつ料理家として活躍し、全国の生産者の元へも足繁く通っている樋口直哉さんに、注目の生産者を訪ねてもらい、日本の食の現状と可能性を、生産の現場からひも解いていく。
採苗から収穫まで一貫して行っている宮城県東松島市鳴瀬地区の牡蠣。今回、その美味しさの秘密を知るため、牡蠣漁に同行させてもらった。緻密に工夫された後藤水産の美味しい牡蠣とは?

徐々に日が昇りはじめ、あたりが白みはじめても、作業はまだ続いている。後藤さんが寒さに凍える我々を時折、気遣ってくれたが、手を止めることはない。ようやく作業が終わった頃には船の上は牡蠣をのせた籠でいっぱいになる。これでも今日は量が少ない、という話だった。
帰路、朝日が昇り、波でがしわ寄せる水面を照らす。海は生まれたばかりのようにみずみずしく、輝いている。
「この景色が気持ちいいんですよね」
後藤さんの言葉に我々もうなずく。海は厳しいが、同時に美しくもある。時に津波のような災厄をもたらすが、さまざまなものを与えてくれる。

地上に戻るとシロボヤなどの付着物を取り、滅菌海水に24時間牡蠣を移す。その後は牡蠣の殻むきの作業だ。次々と牡蠣の殻がむかれていく様子は見ていて気持ちがいい。むかれた牡蠣は検査に出される。宮城県の検査基準は特に厳しいことで知られているが、生食基準を満たしたものは生食、そうでないものは加熱用として選別され、袋詰めされる。つまり、水揚げ→加工→出荷というプロセスだ。
通常の市場流通であれば水揚げされたものを競りにかけ、仲買人が買い付けたものが市場に卸される。そして、仲卸が買い付けた品物は小売店に流れ、そこから我々の元に届くわけだが、後藤水産で買えば時間を置かずに最高の牡蠣の味が楽しめる、というわけだ。

むかれたばかりの牡蠣を口に運ぶ。塩水の味を感じた後、牡蠣を噛むとまったりとした甘さが口に広がる。
「甘いでしょ。エグみがないのが一年牡蠣の特徴です。現在の養殖方法になったのは父の代から。たとえば牡蠣の赤ちゃんをはさみ綱といってロープに挟んで育てるわけですが、そこで質の悪い牡蠣を挟んだらいい牡蠣にはならないので、選ぶのも大事です。最終的には殻の大きさではなく、身入りが大事。白い身がどれだけ入るかが一番のポイントだと思います」

後藤さんは3代目。2代目の父の下で活躍する若手のホープだ。将来は父の後を継ごうと、大学では生物生産工学科で二枚貝の研究に勤しんだ。しかし、大学2年のとき、東日本大震災が襲う。とても牡蠣養殖どころではない状況になり、上京して医療系の営業職に就くが3年後、復興が進んだこともあり、父から声が掛かったという。
「即決ですよね。地元に戻り、この仕事に就きました」
大変じゃないんですか? と僕が聞くと後藤さんは笑った。
「そりゃ大変ですよ。でも、いい牡蠣ができて、お客さんからうれしい感想のメールが来たら、やめられないですよね」
牡蠣の味は浜ごとに違う。でも、それは半分正しく、半分は間違いだ。牡蠣の味は人がつくる。その情熱が食べた人の心を温める。
line

後藤水産
住所|宮城県東松島市大塚字大塚104-1
Tel|080-1671-4233(受付時間|月〜金曜16:00〜18:00)
営業時間|9:00〜15:00(直売所。予約制)
定休日|土・日曜
www.gotosuisan.jp
※オンラインショップあり
text: higuchi naoya photo: Kenta Yoshizawa
2025年1月号「ニッポンのいいもの美味いもの」