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江戸時代の“湯治ブーム”の火つけ役は医者だった!
|日本人と温泉にまつわるエトセトラ③

2024.2.15
江戸時代の“湯治ブーム”の火つけ役は医者だった!<br><small>|日本人と温泉にまつわるエトセトラ③</small>

多くの火山を有し、全国各地に多様な温泉をもつ日本。日本人にとって温泉は野戦病院として利用されるほど、病気やけがの治療の選択肢として大切にされてきた。
 
今回は、江戸時代の湯治ブームを支えた温泉医学者たちの活躍について紹介する。

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江戸時代の“湯治ブーム”の火つけ役は医者だった!

播磨国出身の香川修徳は、京都に上り後藤艮山からは医学を、伊藤仁斎(じんさい)からは儒学など古学を学んだ。1755年没
藤浪剛一編『医家先哲肖像集』/国立国会図書館デジタルコレクション

江戸時代の“湯治ブーム”を支えたのは温泉医学者の登場だ。香川修徳の『一本堂薬選続編』(1738年)は、わが国初の温泉医学書で、温泉論。その後も三宅意安、原双桂、宇津木昆台、柘植龍洲などの温泉論がいずれも医者によるものであったことからも、湯治はわが国の“治療医学”であったことがわかる。
 
香川修徳(1683〜1755)の師は、後藤艮山(1659〜1733)で、200人の弟子を抱える当代随一の名医だった。艮山の功績は、温泉に科学の光を当てたことだ。「百病は一気の留滞より生じる」——。艮山の「一気留滞論」は“病因論”として「日本医学史上に不滅の光を放つ」と評価されている。艮山の説く“気”は中国の陰陽五行の気ではなく、天地万物を育成する“元気”である。人間の皮膚や五臓六腑はすべてこの気を受けて働く。気が1カ所に停滞して働かなければ、そこに病変が起き、病気として現れる。艮山の教えを受けた修徳の『一本堂薬選続編』に、不治の持病を治癒する温泉と気の関係も記されている。艮山は生体のリズムを整える自律神経の働きに気づいていた。

現代に通じる温泉入浴の心得

貝原益軒は、生涯で60部270余巻の書物を残し、ドイツ人医師シーボルトに「日本のアリストテレス」と評された。1714年没
藤浪剛一編『医家先哲肖像集』/国立国会図書館デジタルコレクション

当代随一の名医が温泉に医学のまなざしを向けることにより、本格的な湯治ブームが巻き起こった。それは艮山が高価で得難い薬を貴ぶ風潮を戒め、身近な温泉に目を向けさせた結果でもあった。おかげで江戸中期になるとお伊勢参り、善光寺詣でなど信仰の旅と並んで、湯治の旅も楽に通行手形が発行されるようになり、入浴法もこの時代に確立された。香川修徳は「入浴は1日に2、3回を基準とする」と説く。『温泉浴法辨』(1834年)の山崎大湖は「過剰に入浴すると効を失い、疲れるだけだ」と警告している。また浴法について修徳は「心を静かに、気を和らげ、本当に子どもが水に遊ぶような純な気持ちになり、浴槽の中に入ることしばらくの間、身体を温め……」と説く。
 
黒田藩(福岡県)の儒学者で本草学者(現代の薬学者)であった貝原益軒(1630〜1714)の温泉論の影響力も大きい。『有馬湯山記』(1711年)に「湯に入るには食後がよい、空腹時はいけない」とある。また、「汗が出るほどの長時間、浴槽に浸かってはならない」というのも現代人への戒めとなる記述も。名著『大和本草』(1708年)では、温泉浴の本質を「心を楽しませるべし」と突いている。

世界でいち早く温泉分析も!

宇田川榕菴は、津山藩医でもある蘭学者。それまで日本になかった植物学や化学などをはじめて書物にして紹介した。1846年没
藤浪剛一編『医家先哲肖像集』/国立国会図書館デジタルコレクション

わが国独自の治療学としての道を開いてきた湯治は、宇田川榕菴(1798〜1846)という“偉才”の出現により、その発展の可能性の翼を劇的に広げた。津山(岡山県)藩医であった榕菴は、西洋で誕生した化学の息吹を温泉に導入したのだ。ドイツ人医師のフィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト(1796〜1866)と親交のあった榕菴が翻訳した、全7巻の『舎密開宗』(1837〜47年)は、わが国初の化学書であった。温泉の項では翻訳の枠を越え、自ら熱海をはじめ各地の「温泉分析」を行うなどの研究成果も書き込まれている。長崎で蘭学を学んだ長岡藩医・小村英菴も越後の温泉を分析して、『越後薬泉』(1828年)にまとめている。ちなみに榕菴や英菴が温泉化学の研究をしていた1820年代は、西洋でも温泉化学はまだほとんど形態が整わない時代であった。

現在の静岡県にある修善寺(しゅぜんじ)温泉は、江戸時代半ばから宿泊施設が整備され、江戸時代後期の温泉番付にも選ばれた
歌川広重『六十余州名所図会 伊豆 修禅寺湯治場』/国立国会図書館デジタルコレクション

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湯治の本質は“予防医療”だった
 
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text: Tadanori Matsuda
Discover Japan 2024年2月号「人生に効く温泉」

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