奈良《油長酒造》
里山の風景を100年先へつなぐ酒造り
前編|“酒蔵”が地域創生に取り組む理由とは?
ただ酒を造るだけではない。背景にある里山を想い、100年先までその風景をつなげるために。油長酒造は棚田の中に酒蔵を新設し、農家や酒販店、消費者も巻き込んで、持続可能な取り組みに着手した。
地域に馴染む酒蔵へ
オール奈良で挑む葛城山麓醸造所

銘酒「風の森」で有名な酒蔵「油長酒造」が新たな挑戦をはじめた。舞台となるのは葛城山麓地区、美しい棚田の中に新設した「葛城山麓醸造所(通称山麓蔵)」だ。
「葛城山麓地区は、私たちが長年使い続ける原料米『秋津穂』の産地。無農薬の特別栽培に取り組む農家・杉浦英二さんとの出会いが大きなきっかけでした」と、油長酒造13代目蔵元・山本長兵衛さん。

無農薬・無化学肥料栽培で持続可能な米栽培に取り組む。丹精込めてつくられる秋津穂によって出来上がる酒はみずみずしく、大地のエネルギーを感じさせる力強い味わい。多くのボランティアスタッフが作業に協力
いまから10年前、杉浦さんから米栽培に除草剤を使わない分、草取りなど非常に手間がかかるため、人を巻き込んで一緒に作業できないかと連絡があり、早速県内の酒販店に相談した。すると多くの日本酒ファンがボランティアに参加。棚田に集い生き生きと働く光景に、山本さんは農業の底力を感じた。

1981年、奈良県御所市生まれ。関西大学工学部生物工学科卒業。百貨店勤務を経て2008年に実家である油長酒造に入社。2014年に代表取締役就任。2019年、長兵衛を襲名
「従来の酒米とは違い、収穫した米で出来上がる酒はみずみずしくきれいで、磨く必要がないほど。大地のエネルギーを酒造りに生かしたいなと純粋に思いましたね。さらにこの地に酒蔵があれば、農業体験などを通して棚田や里山の魅力も伝えられる。そう確信し、山麓蔵を建てることにしました」

写真=鈴木規仁
吉野杉の特性を生かした建屋は、地元の建築家・吉村理氏が設計したもの。大工や左官も地元の方にお願いした。モノもヒトも“オール奈良”がかなうのは、この地域が豊かな証拠。
「奈良らしい空間にしたくて。結局、地元が好きなんですよね」

山麓蔵で醸される酒は「S風の森」と命名された。精米歩合90%前後と低精白なので、大地由来の複雑味や奥深さを堪能できる。
「山麓蔵が目指すのは、酒造りだけではありません。雄大な葛城山麓地区の景観を守り続けることも私たちの大きな使命です」
日本酒選びの新たな価値基準
“未来酒度”とは?

同じエリアの棚田でも、場所やつくり手によって栽培環境が異なり、土壌の微生物量も変わってくる。それゆえ収穫される米にも個性が表れる。酒の味わいにも違いが出てくるため、地区ごとにラベルを変えて、それぞれの魅力を提案。酒が生まれた環境などを“未来酒度”として定め、星印で表示している。
(左)S風の森★ 静間/北地区
(真ん中)S風の森★★ 杉浦/南地区
(右)S風の森★★ 杉浦/西地区
一般的な日本酒は、日本酒度といったテクニカルな情報が選ぶ際の判断基準になる。一方、「S風の森」はそれ以外にもどれだけ里山や棚田農業の未来に寄与できるかを重視し、“未来酒度”としてランクづけしている。星の数が多いほど環境負荷が少なく、かつ未来に貢献していることを意味する。可視化されることで、消費者側も持続可能な農業を考えるきっかけにつながる。
① S風の森
里山基金への寄付(50円/本)+自然エネルギーによる酒造り。
② S風の森★
①に加え、減農薬による環境負荷の少なさゆえ評価される。
③ S風の森★★
①に加え、農薬化学肥料の不使用による環境負荷の少なさゆえ評価される。
④ S風の森★★★
①と③に加え、田んぼの知力の豊かさ、地域貢献度の高さゆえ評価される。
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text: Misa Hasebe
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