奈良《油長酒造》
里山の風景を100年先へつなぐ酒造り
後編|御所を盛り上げている名店
農家の収入を高め、里山を100年先までつなぐために創設された仕組みが“風の森里山コミュニティ”。農家、酒蔵、酒販店、消費者がお互いの理解を深め、共生していくことで、里山を支える人を増やしていくことを目指す。
地元への想いが伝播・共鳴し、
御所のまちに人を呼び込む

奈良県御所市。油長酒造のある地域は“御所まち”と呼ばれ、江戸時代初期から奈良中南部の中心地として栄えてきた。歴史あるこのまちがいま、ひそかなムーブメントを起こしつつある。

1918年創業の国産万年筆ブランド「モリソン万年筆」の本店兼工房跡を一部改修し、趣のあるホテルに。客室は4つ。中庭を望む共有スペースで読書したり、語り合うひとときも贅沢
問|0745-49-0823
「奈良県内を中心に、歴史的建造物を利活用してまちづくり事業を展開する『narrative』という会社があります。この会社が3年前から御所の古民家を使って事業をはじめました。宿泊施設の『RITA 御所まち』や『宿チャリンコ』、銭湯の『御所宝湯』などです。私どもも長年このまちで酒蔵をやっていますので、期待と応援の気持ちを込めて、同じく地元で会社を経営している友人と一緒にnarrativeに出資させていただきました。その頃から人が集まるようになってきた印象がありますね」と山本さんは話す。

自転車好きにはたまらない、愛車とともに泊まれる宿。サイクリストでない人は、レンタサイクルでサイクリングも満喫できる。元自転車店の面影を残す、昭和レトロな雰囲気も必見
問|0745-49-0842
ただ、油長酒造が率先して誘致しているわけではない。まちづくりに協力してはいるものの、あくまでも酒蔵として、日々酒造りに邁進している。その真摯な姿に感銘を受けるのだろう。各界のプロフェッショナルたちが続々と店を開業しているのだ。

2025年、ショコラティエの佐藤辰則さんが、油長酒造の敷地内に開業。「風の森」を使用したボンボンショコラは、世界最大級のチョコレートコンクールでブロンズメダルを受賞した
問|@tatsunori_sato_chocolate(Instagram)
たとえば「Tatsunori Sato」。ショコラティエの佐藤辰則さんはもともと油長酒造のファン。「『風の森』が好き過ぎて」と、酒蔵の隣に店をオープンしたという。開業して間もないが、風の森とチョコレートを合わせた「日本酒ボンボンボンショコラ」は、すでに国内外で注目を集めている。佐藤さん自身も葛城山麓地区の棚田に赴き、米づくりの手伝いをするなど、御所の一員としてすっかり馴染んでいる様子。

本場ドイツやフランスで経験を積んだパティシエの福田香谷さんが手掛ける店。クリームがたっぷり入ったマカロンをはじめ、地元産の素材にもこだわった洋菓子の数々に定評がある
問|@patisserie_petit_ami(Instagram)
「パティスリー プティタミ」の福田香谷シェフは、ヨーロッパでの修業後、地元である御所に戻り、本格洋菓子店をオープン。小林達也シェフは、酒蔵の敷地内に星付き店「ア プリュス」を開業。日本酒に寄り添う新時代のフレンチを展開している。

油長酒造の蔵を改装し、2022年にオープン。店主の小林達也さんは、秋津穂をはじめ地元産の食材を使った新時代のフレンチを振る舞う。銘酒「風の森」とのペアリングも
問|@aplus_restaurant_nara(Instagram)
「私たちは酒造りだけをしている、と言いましたが、新店舗を受け入れる態勢は確かにありましたね。ショコラティエの佐藤さんのように、直接酒蔵を訪ねてこられる方もいます。そんなときは窓口となり、話をうかがって、意気投合すれば、使っていない蔵や長屋を貸し出すこともあります。さらに話が進み、店舗の改装の段階になると、『葛城山麓醸造所』も設計していただいた吉村理さんを紹介しています。お隣の設計事務所がおすすめですよ、と」

輝かしい経歴をもつバーテンダーの渡邉匠さんとの出会いから、クラフトジンの蒸溜所をオープン。奈良伝統の大和橘と大和当帰を使用した「橘花ジン(KIKKA GIN)」を提案している
問|0745-62-2047
吉村さんは奈良を拠点に活躍する木造建築家。実は油長酒造の隣に事務所を構えていることもあり、深い信頼関係にある。吉村さんが設計を行ったのは「大和蒸溜所」、「Tatsunori Sato」、「アプリュス」など。木材の風合いを生かした空間は温かく、訪れた人の心を和やかにする。
「御所のまちには、吉村さんの手掛けた物件が点在しています。だから不思議と統一感があるんですよね。吉村さんの空気感が染み渡っているとでも言いましょうか」

御所のまちで5代続く老舗酒販店。市内3つの蔵元の酒を豊富に揃える特約店として、全国の地酒ファンからも支持されている。店主の東川宣子さんと娘の早希子さんが店を切り盛りする
問|0745-62-2335
そのため、近年は観光客だけでなく、建築マニアも訪れるようになった。
「見知らぬ町で開業するとなると、誰しもが不安になります。その点、このまちは割と参入障壁は低いと思います。横のつながりが強く、物件しかり、大工や職人も地元の方を喜んで紹介できるので」

1916年創業の銭湯。2008年に一度廃業したが2022年に復活。創業当時の浴槽を残しつつ、フィンランド式サウナや露天水風呂も完備。人々の癒しの場として再び歩みはじめた
問|@gose.takarayu(Instagram)
企業主導で観光地をつくるのではなく、それぞれのプロが集まり、自分の得意分野を深掘りしていく。その熱意がアメーバのようにじわじわと広がり、魅力あるまちを形成していく。たとえるなら御所のまちをステージに一人ひとりが花となり、皆で大きな花束をつくっていく。これこそがいまの時代に即したまちづくりではないかと山本さんは言う。
「皆さん本当に尊敬します。油長酒造も負けていられません(笑)」
このプロ意識こそ、人を惹きつける秘訣なのだろう。
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text: Misa Hasebe
2026年2月号「地域を変える企業」



































