日本の食の聖地
若狭・敦賀の美味しい旅
古から食文化を支えてきたルーツの地へ|前編
「御食国(みけつくに)」伊勢、志摩、淡路と並び、古くから海の幸が豊かな若狭(福井県)。北前船の交易によって発展した敦賀と併せて、先人たちが築き上げた食文化の軌跡をたどってみたい。
御食国の時代から続く食の拠点
古くから御贄(みにえ)として海産物を朝廷に献上してきた若狭。平城宮や平城京の遺跡から御贄の荷札として使われた木簡が出土している。鯛やアワビなど、さまざまな海の恵みは、保存が利くように鮓(なれずし)などに加工され、天皇や貴族の食膳へと運ばれたという。都に住む人々にとって、いくつもの峠を越えてもたらされる品々はさぞかし貴重で、味わい深く感じられたことだろう。
そして現代においてもなお、この地は美味の喜びに満ちている。豊かな海と文化に育まれた味を求めて、立春の若狭・敦賀を訪ねた。
最初に向かったのは、小浜漁港。毎朝7時半からはじまる競りを前に、ところ狭しと並べられた魚介を仲買人たちが目利きしている。40種ほどの魚種の中でも、王さまと呼ばれる魚が〝ぐじ(アカアマダイ)〟だ。
「ぐじは若狭から天皇に献上されていた海産物の象徴です」と話すのは、福井県漁業協同組合の小浜支所長・加藤祐二さん。水深70〜80mの泥場に潜み、運動量が極端に少ないぐじは、身質が非常に柔らかいのが特徴だ。はえ縄漁で漁獲後は釣り針を付けたまま水揚げし、繊細な魚体に極力触らないよう扱い、徹底した鮮度管理を行う。300gや400gが多い中で、500g超えで姿かたちが美しいものだけが「若狭ぐじ」を名乗れるという。大半が県外に出荷され、ことに京料理に欠かせない食材として珍重されている。時代は移ろっても、若狭湾の海産物が都へと運ばれ、愛されるのは変わらない。
リアス海岸が続く若狭湾は、天然礁により複雑な潮の流れが発生することで魚の餌となるプランクトンが豊富になり、良質の漁場として知られる。新鮮なうちに消費しきれないほど多くの水揚げがあったからこそ、加工文化も発達した。
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小鯛の笹漬けやカレイの干物と並んで若狭ならではの加工食品として名高いのが、鯖へしこ。鯖を塩とぬかなどで漬け込むこの地方伝統の発酵食品だ。漁に出られない日が多い厳冬期のタンパク源として、古くから重宝された。「へしこの町」として知られる美浜町は、三方五湖(みかたごこ)のひとつ・日向湖を擁する。穏やかな湖面を望む「日向へしこ酵房 日の出屋」には、へしこを仕込む樽がずらりと並んでいた。冬場に鯖を2週間程度塩漬けにした後、鯖から出たシエ(魚醤)をベースに醤油、みりん、酒粕などを合わせた調味料、たっぷりのぬかを加えて1年近い本漬けへ。夏の土用を越えて発酵が進むと、約20〜30kgもの重しが傾くという。
「冬と夏の寒暖差と浜風が、へしこの味を深めてくれます。美味しく漬かれ、とつぶやきながら毎日樽の見回りをするんですよ。秋になって芳醇な香りが漂ってきたら、へしこが出来上がった合図です」と、女将の加藤美樹子さん。和のアンチョビとも称されるへしこは旨みの宝庫。その魅力をより多くの人に伝えたいと、今年1月から「へしこ茶屋」を開いた。へしこ茶漬けをはじめ、幅広い食べ方を提案する。毎日欠かさずへしこを食べるという加藤さんは、御年80と思えない肌つや。先人の知恵が凝縮された伝統食のパワーが伝わってくる。
港から漁場が近く、小型船で漁に出て短時間で帰港できるのがこのエリアの大きな強み。とくれば、捕れたての海の幸を現地で堪能しない手はない。「買って食べて、近海の魚を身近に感じてもらうことで漁業を元気にしていけたら」という思いで開かれたのが、高浜町のシーフードマーケット「UMIKARA」。目の前の高浜漁港で水揚げされ、朝10時に競りにかけられた魚介がそのまま店頭へ。水槽で泳ぐ魚は希望すれば刺身にしてくれる。流通が発達した現代でも、都心では考えられない贅沢だ。
郷土に根づく海産物は、近海ものにとどまらない。北前船の寄港地として繁栄した敦賀では、北海道から昆布がもたらされ、京都や大阪へと運ばれて和食文化を支えた。その昆布を酢で柔らかくし、薄く削り取ってつくられたのがおぼろ昆布。「敦賀昆布」の森田貴之さんは話す。「絹のように繊細なおぼろ昆布をつくるため、専用の包丁を30分ごとに研いでいます」。職人による店頭での手すき作業を見せてもらうと、まるで刃先が昆布に吸いつくよう。包丁を往復させるたび、シュッ、シュッと小気味いい音とともになめらかな一枚が削り出されていく。削りたてをひと口。たちまち溶けてしまったと思えば、優しく深い旨みがふわりと広がった。白と緑の美しいグラデーションは、水陸の要衝だった敦賀の歴史を物語っている。
自然の恵みに人の営みや思いが積み重なり、醸成された風土。そのルーツをひも解く旅は、五感を通して記憶に刻まれるだろう。
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text: Aya Honjo photo: Sadaho Naito
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