茶道の思想から着想を得て生まれたブランド「KORAI」
デザイナー 辰野しずか
全3回にわたる2回目は、昨年発表された新ブランド「KORAI」について。日本の自然観を取り入れた「KORAI」は、辰野さんが長年続けている茶道の思想を反映している。彼女の人生観にも大きな影響を与えたという茶道との関係に迫る。
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2018年に発表されたKORAIは、数々の工芸品を手掛けてきた辰野さんが、これまでのアプローチとは異なる手法で工芸メーカーと協働して生まれたブランドだ。日本とシンガポールを拠点とするクライアントのHULSは、日本の工芸を世界に発信するという目標を掲げ、ʼ15年に設立された日本企業。辰野さんはブランド創業時からコンセプト立案、すべてのプロダクトデザインに携わっている。
「これまでは産地の方と何ができるかを考えてきましたが、HULSさんからは、日本の伝統工芸の技術で何かをつくりたいと相談を受けました。ブランドの方向性が決まっていない段階で、なぜつくるのかを一緒に考えるところからプロジェクトはスタートしました」。
これまでは産地と関わりながら辰野さんが技法を学び、ものづくりを進めることが多かったが、今回大切にしたのはブランドとしてのコンセプトづくりだった。試行錯誤を繰り返して生まれたのは、「日本の涼」というブランドコンセプト。実はこれは、辰野さんがはじめて訪れたシンガポールでの体験が大きく影響をしている。
「蒸し暑い現地と日本の気温差で、体調を崩してしまって。そこで気づいたのが涼のとり方の違いでした。シンガポールではクーラーを効かせて涼をとります。一方、日本では風通しのよい部屋で窓を開けたり、自然を生かしながら涼をとります。それは自然と共生していく日本の自然観そのものですし、日本の工芸の在り方や見立ての文化ともつながっています。それを生かすことができれば、シンガポールの皆さんのお役にも立てるかもしれないと思ったのと、同時に世界レベルでもおもしろいコンセプトになると思いました」。
KORAIのラインアップは日常使いに適したLIVING COLLECTIONと、感覚を開くというテーマをもったSENSEWAREの2ライン。いずれも光や風が通るような涼しげなデザインが特徴だ。有田焼のプレート、京都の竹細工の籠、佐賀県肥前のビードロ、富山のガラス作家さんに製作をお願いしたガラスのアートピースと、ものをつくるための適した産地選びにも辰野さんのつながりが生かされている。
「当初のターゲットはシンガポールでしたが、いまや伝えるべきは世界レベルで広がっていて、日本の伝統工芸を広げていくフィールドが広がっているのも実感しています。また、伝統工芸の課題として販路の問題がありますが、HULSさんの場合はすでにそれが確立していますので、その点でも産地に貢献ができるはずです」。
「日本の涼」というコンセプトもそうだが、原点にあるのが人々の暮らしや営みであり、それら全体を取り巻く自然へのまなざしだ。KORAIにおけるプロダクトに自然を取り入れる感覚は、特にSENSEWAREの「水の器」に表れている。水鉢のように水を張るうつわは、外部からの光や風を受け止めて揺れる水面で、暮らしに自然を取り込み愛でるためにつくられた。それを考える上で辰野さんの精神の根幹にあったのが、ʼ05年からはじめた茶道だった。
「茶道で得た思想は、私のあらゆる仕事に反映されています。日本の美は奥行きがあるもので、じわじわと伝わるものだと思います。KORAIも派手さはありませんが、意味を知ることで奥行きを感じてもらえる日本的なプロダクトです。また、茶道には、昔からいまに流れる時間を意味する『往古来今』という言葉があり、ブランド名もそこからつけられています」。
自然を日常に取り入れる感覚はまさに茶道の自然観に通じるもの。辰野さん自身の人生観も茶道から影響を受けているという。
「茶道には『茶の湯とは、心に伝え、目に伝え、耳に伝えて、一筆もなし』という言葉があります。大事なことは知識ではなく、自ら体験したことであるという意味の言葉です。私も自分で見て感じたことを大切にものづくりに携わっています」。
文=加藤孝司 写真=工藤裕之
2019年8月号 特集「120%夏旅。」