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キーワードでひも解く
「縄文スピリット」【衣食住編】
縄文人の暮らしをキーワードでひも解くと、現代の日本人が大切にすべき知恵や技、哲学が見えてきます。豊かな自然環境に適応してはじまった縄文時代。人々は衣食住それぞれで、自然の恵みを高度に利用していました。6つのポイントをイラストとともに解説していきます。
1万年続く家、高気密高断熱住宅
縄文時代の家といえば、地面に穴を掘って杭を立て、屋根を被せた竪穴住居。土を被せた屋根は、熱を吸収するため夏は涼しく、炉の熱を逃がさないので冬は暖かい。そのほか土は燃えにくいため火事になりにくい、表面に草が生えることで耐水性が高いという特徴もある。また、日本海側など多湿の地域では、夏には風通しのよい掘立柱建物を用いるなど、季節による住み分けもあったようだ。
自然を生かした防災計画
東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた海岸沿いの地域にある縄文時代の集落は、ほとんど津波の被害に遭っていないという。縄文集落の多くは、水はけがよく、地層の安定している高台(台地)のうち、日当たりのよい南向きの平坦地〜ゆるい傾斜地にある。縄文人は、自然から学びながら、より豊かに、そしてより安全に暮らすための場所を選んで集落を営み、防災も心掛けていたと考えられる。
いまはやりの燻製料理がお好き
縄文時代の保存食は、天日で乾燥させた干物と、炉の煙を使った燻製品が主流。燻製は、縄文時代早期には、炉穴(地面に掘った穴の中で火を焚き、調理をしたと考えられる遺構)でつくっていたが、竪穴住居内に炉を設えるようになると、炉の上の火棚に食材を置き、低い温度でいぶしたと考えられる。また、縄文時代後期末には、天日で干して濃くした海水を土器に入れ、煮詰めてつくった塩を使って塩漬けもしていたようだ。
縄文の食=テロワールでした
春は山菜に潮干狩り、夏は漁、秋は果実やキノコなどの山の幸、冬は鹿やイノシシなどのジビエ。また、秋に遡上してきた鮭を捕り尽くさず、その回帰性を理解して海に返したり、旬の食材を加工して保存食にしたりと、縄文人は生態や産物、地質など、自分たちが暮らす土地を十分に理解した上で自然の恵みを利用していた。自然と共生する縄文人の食べるものはすべて、その土地ならではの個性=テロワールの賜物だったといえる。
生産性向上のため里山・里海を育てる
内陸部の縄文集落周辺では、クリ林やウルシ林などの痕跡が見つかっている。このことから、縄文人は野生の植物を高度に利用していたことはもちろん、その生態を理解して、適度に手を入れることで守っていた。つまり里山を育てていたと考えられる。クリは食料のほか、幹や枝は燃料や建材などとしても使われた。また、里山と同じく、海辺の集落では里海を、川辺の集落では里川を育てていた。
エシカルファッションに祈りを込めて
縄文集落からはヒスイやコハクなどの玉類、貝殻でつくった腕輪、石や粘土でつくった耳飾りなどが見つかっているが、現代のアクセサリーとは異なり、好みで身につけるものではなく、ステータスや階層を表すものとして、または祭りなどハレの日に祈りや願いを込めて身につけた。また編組製品、漆製品など、石や木、骨角といった自然の素材を利用したさまざまな道具も見つかっている。
text: Miyu Narita illustration: Michihiro Hori
Discover Japan 2021年8月号「世界遺産をめぐる冒険」