集めても贈っても穏やかな表情で
福を招いてくれるはず「嵐山いしかわ竹乃店」の嵯峨面
買って帰りたい京都
いまは何でも取り寄せて買える時代。でも、せっかく京都を訪れたなら、足を運ばないと聞けないつくり手の話とともに買って帰りたい、京都ならではの”いいもの”を、京都出身の目利き人・内藤恭子さんが厳選して教えてくれた。
選・文=内藤恭子
共著『京都を買って帰りましょう。』をはじめ、ジャンルを問わずつくり手の取材を数多く手掛ける。作家作品などを紹介するショップ「好事家 白月」も主宰する
読者の皆さんは、自宅に面をお持ちだろうか? 我が家にはふたつある。両親が家を新築した際、母が客間に鬼と天狗の面を掛けた。「何やこれ?」と、新しいものは触りたくなるのが子どもの心情。届かないのに無理をして天狗の面を取り、うっかり落として鼻にヒビを入れてしまった。「これは魔除けで家を守ってるくれてるねん。勝手に触ったり壊したら、鬼と天狗に怒られるで」と、母に説教され、しばらく夜の客間が怖かった。少し前までは、面を慶事に使う風習が残っていたように思うが、もうそんな家も少なくなり、面のことなどすっかり忘れていたが、ある店の壁にすてきな面を見つけた。素朴過ぎるほど大らかで、よい意味で緻密ではないがゆえに愛敬がある。思わず欲しくなり、どこのものかとたずねると、「嵯峨面といって、これは古いもの。前の女将が好きで集めていたんですよ」とのこと。
嵯峨は嵯峨釈迦堂清凉寺に伝わる大念仏狂言が有名で、江戸時代に狂言で使われる面を模してつくられたのが嵯峨面だ。「祖父が界隈の振興のために名産を復活させようと、竹細工や嵯峨面に白羽の矢を立てたんです。もとは素人の手づくり土産でさほど文献がなく、昭和初期には途絶えてしまったそうで、日本画家の初代・藤原さんに相談して再現しました。現在は2代目の作品です」と語る石川恵介さんは、「嵐山 いしかわ 竹乃店」のご主人で、竹細工とともに嵯峨面も取り扱っている。店の壁にはずらりと30種類ほど。それぞれに御利益があり、魔除けの赤鬼・青鬼も、火伏せの天狗もどこかユーモラス。粘土の型に和紙を張り重ねる張子式でつくるのだが、面を裏返して見るとびっくり。古書らしき紙が張られている。「パルプなどが混ざっていない、明治時代以前のコシのある紙でないと、破れるんです。雰囲気に合わせて鬼や天狗には漢文、稚児やお多福はかな文字と分けてます」と作者の藤原さん。年末から節分頃まで登場する干支面も福を呼び込みそうで、コレクターがいる人気ぶり。私も自分用に12年かけて干支面を集めようか。いや、その前に親戚の還暦祝いに福寿を願って、福ゑびすか寿猿を贈ろう。
嵐山いしかわ竹乃店
住所|京都市右京区嵯峨天龍寺造路町35
Tel|075-861-0076
営業時間|10:00〜18:00(12〜3月11:00〜17:00)
定休日|なし
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10|集めても贈っても穏やかな表情で福を招いてくれるはず「嵐山いしかわ竹乃店」の嵯峨面
photo: Sadaho Naito
Discover Japan TRAVEL 2019年号 特集「プレミアム京都2019」