食を「つくる」と、楽しく「食べる」。その両方を充実させていく。
はじまりの奈良
初代神武天皇が宮を造られ、日本建国の地とされている奈良県。連載《はじまりの奈良》では、日本のはじまりとも言える奈良にゆかりのものや日本文化について、その専門家に話を聞いていきます。今回は、奈良県の食と農の振興部内に、ちょっと変わった名前の部署「豊かな食と農の振興課」がある。この課から発表されたユニークな条例について話を聞いた。
奈良県が取り組む
食と農の一体的振興とは
2020年4月、奈良県における今後の食と農の在り方についてまとめられた「奈良県豊かな食と農の振興に関する条例」が同県より施行された。簡単に言うと、農業の現状やトレンドなどを調べて「食を支える農」という視点でまとめられた条例だ。
何がはじまろうとしているのだろう? 奈良県の豊かな食と農の振興課の主任調整員・下浦隆裕さんは、その背景についてこう話す。
「消費者のニーズが多様化する一方で、生産者側では担い手不足や耕作放棄地の増加などの課題があります。消費者側は健康的な食生活を食に求め、生産者側は新鮮で良質な農産物の提供、個性や魅力づくりに励んでいます。食と農には密接なかかわりがあり、この消費と生産の融合による活性化を図りたいと考えました」
一体的な振興をすることで、消費者は食に対する理解を深め、感謝をするようになり、生産者は食を提供することにより誇りをもてるようになる。そうした狙いから、条例が組み立てられた。
条例は県民や来訪者を対象に、県民の健康で豊かな生活と、地域経済の健全な発展を目標としている。キーワードは、「安全で品質の優れた農産物」、「おいしく食べる機会」、「食のブランド化」だ。
奈良県の食と農の振興部の次長である原実さんが、主要な具体策について教えてくれた。
「基本的な施策のひとつが、食を楽しむ機会をつくること。桜井市にある『奈良県立なら食と農の魅力創造国際大学校(NAFIC)』で食と農の両方に強い担い手を生み出したり、ガストロノミーツーリズムの推進をしたりします」
ガストロノミーツーリズムとは、その土地の気候風土が生んだ食材、習慣、伝統、歴史などによって育まれた食を楽しみ、文化に触れることを目的としたツーリズムだ。国連世界観光機関(UNWTO)が推進し、欧米を中心に世界各国で取り組まれている。
「『ぐるっとオーベルジュ』という構想もあります。オーベルジュとは、地元ならではの食材を味わえる宿泊機能を備えたレストランのこと。県として、食と農を生かした宿泊施設のネットワーク化を図っています」
この数年で12軒のオーベルジュが立ち上がり、観光のキーにもなっている。
「さらに、新たな食文化を創造する『ならジビエ』も推進しています。現在、鹿肉やイノシシ肉といったジビエ料理を楽しめる店が県内に26店あります。今後は加工品も登録していく予定です」
そうした食の消費の一方で、食の提供、つまり生産側の充実も欠かせない。全国2位の生産量を誇る柿のほか、イチゴ、茶など産地を形成している農産物「リーディング品目」と、大和野菜、イチジクなどの新たな特産品「チャレンジ品目」を選定し、支援している。
「これまではプロダクトアウト(つくり手の計画を優先する方法)でしたが、マーケットイン(消費者のニーズを優先して提供)を行っていきます。製造小売業(SPA)で、企画から製造、小売までを一貫して行うアパレルのようなビジネスモデルを目指します」
今後は年末から年始にかけて県の公式サイトで県民から意見を集め、2月に計画案を議会にかけて3月末に策定し、4月から5カ年計画で進めていく予定だ。
「現代のライフスタイルに合わせて啓発し、輪を広げていきたいです」
cooperation: Masayuki Miura edit: Hazuki Nakamori text: Yoshino Kokubo photo: Yuta Togo
2020年11月号 特集「あたらしい京都の定番か、奈良のはじまりをめぐる旅か」