作家・柏井 壽が行く!美味しい長崎をめぐる旅
五島列島はじめ日本一島がある長崎県。豊かな海から揚がる海産物や海外交易の拠点ならではの料理まで、さまざま美味が楽しめる場所です。そんな長崎の美味を作家の柏井壽さんに訪ねていただきました。
柏井 壽
京都関連の本、旅のエッセイや小説を執筆。『日本百名宿』(光文社新書)、『鴨川食堂』(小学館)など著書多数。小誌でも『逸品逸飯』を連載中
極みのアジフライは佐世保港の食堂にあった!
旅の愉しみの多くを占めるのが食だ。その地を訪れないと食べられないものに出合うと、ああ来てよかったと心底思う。その食の多くは、旅に出る前から頭に浮かんでいる。いわゆる名物だ。
たとえば長崎を旅するとなれば、皿うどんだとか長崎ちゃんぽんが真っ先に浮かぶ。ちょっとあらたまるなら卓袱(しっぽく)料理だろうか。いずれにせよエキゾチックな食を思い浮かべながら出向くのが常のこと。予想通りというか期待通りのそれもいいのだが、思いがけない食との出合いは、心を浮き立たせ、旅の愉しみを2倍にも3倍にも豊かにしてくれる。
長崎県は佐世保の漁港にある「もったいない食堂」で食べたアジフライがまさにそれだった。
大好物と言ってもいいアジフライには僕は結構うるさい。生まれ育った京都はもちろん、全国各地のアジフライを食べてきたが、これぞと思うものには、めったに出合わない。それが、70年近く生きてきて、ついに極みのアジフライに、佐世保の食堂で出合ったのである。
これまで食べてきたアジフライの大半は小ぶりの鯵を開いて揚げたものだが、この食堂のそれは大ぶりの鯵の切り身を揚げてあるのだ。となると当然ながら肉厚で食べ応え満点。刺身でも食べられそうな新鮮な鯵だから、その味わいは極みと言うしかない。
こうしてはじまった長崎の美味しい旅は、期待通りと意外な出合いがない交ぜになって、実に味わい深いものとなった。
新鮮な海の幸を使った料理が自慢のオーベルジュ
次に、期待通り、いやそれ以上の満足感を与えてくれたのは「オーベルジュあかだま」。以前泊まったときも、多種多様で、かつ新鮮な海の幸を使った料理に大満足したのだが、今回はさらに磨きがかかった料理の数々に舌鼓を打ちっぱなしだった。
四方を海に囲まれた日本各地では、しばしば海の幸自慢を見掛けるが、長崎というところは、どうやらそれらとは一線を画す何かがあるように思う。新鮮さだけを売り物にするのでもなければ、凝った調理法を誇るのでもない。
ほどよい人の手の入り加減、とでも言えばいいのか。もったいない食堂といい、オーベルジュあかだまでの食事といい、長崎の美味は、素材と調理がちょうどいいバランスの料理なのである。複雑に入り組んだ入り江や、大小さまざまな島が多数浮かぶ地勢がなせる業なのかもしれないが、どうもそれだけの理由ではないようだ。
オーベルジュあかだまの朝食は、夕食に負けず劣らずの充実ぶりで、ランチを省いてもいいかなと思うほどだ。そんなわけで、昼下がりにぶらり歩きをした佐世保の街で、なるほど、と膝を打つ食に出合ったのである。
大正時代から愛される佐世保の台所へ
「とんねる横丁」という摩訶不思議な横丁は、戦争中の防空壕をそのまま利用した商店街で、天井も低く狭い通路をうまく生かして、いい雰囲気をつくり出している。そのラビリンスには、カオスという言葉がよく似合う。おでん店があり、立ち飲みワインバーがあり、どの店も旅人を優しく包み込む。普通なら取り壊す防空壕を生かしているからこその親近感か。
なるほど。長崎というところは、身近なもの、元からあったものを、うまく利用することに長けているのだ。すぐそばにある幸に気づき、必要以上の手を加えることなく、しかし決して手間は惜しまない。そうして出来上がったのがいまの長崎の食であり、もてなしなのである。
まだまだあります!美味しい長崎
今回、柏井さんがめぐって食べたもの以外にも、長崎には美味しいものがまだまだある! 旬のカレンダーを参考に、訪れた時期に合わせてぜひ食べてみたい。
長崎ならではの美味しい土産
柏井先生が旅した動画はこちら!
〈今回めぐった美食スポット〉
住所:長崎県佐世保市戸尾町5-25" target="_blank">長崎県佐世保市戸尾町5-25
Tel:0956-37-8990
営業時間:15:00〜22:00、
金・土曜〜24:00
定休日:日・月曜、ほか不定休あり
文=柏井 壽
写真=宮地 工
2020年4月号 特集「いまあらためて知りたいニッポンの美」