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小泉八雲の怪談集【後編】
|日本各地に伝わる怪談を作品化した
“つながりの文学”

2026.8.22
小泉八雲の怪談集【後編】<br><small>|日本各地に伝わる怪談を作品化した<br>“つながりの文学”</small>

妻・セツから物語を聞き、再話された小泉八雲の怪談。八雲の興味関心や観察眼が表れた作品の一部を、小泉八雲記念館 館長・小泉 凡さんの監修のもと紹介する。

監修=小泉八雲記念館 館長・
島根県立大学短期大学部 名誉教授
小泉 凡(こいずみ ぼん)
1961年、東京都生まれ。成城大学大学院で民俗学を専攻し、1987年より松江へ。妖怪や怪談から地域文化を研究。『小泉八雲の怪談づくし』(八雲会)など著書多数。

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03|河童の詫び証文
(「日本海に沿って」『知られぬ日本の面影』より)

水の神への信仰が描かれる
河童は水神の化身。水を畏怖する信仰は日本だけのものではない。ギリシャ神話のポセイドンは海の神であり馬の創造神。古代の人々は、エーゲ海に生きた馬を落として水神に捧げたという

河童が村人と交わした誓い
昔、川津村の川津川に住んでいた河童が、村の住民や家畜を食い荒らしていた。ある日、水辺に下りた馬の腹帯に頭を突っ込んでしまった河童が捕らえられる。許しを乞う河童に村長は「村の人間や動物にはもう手を出さないと誓いをさせよ」と命じ、証文に手判を押させた上で逃してやった。以来、川津村が河童に襲われることはなくなったという。

04|ろくろ首 (『怪談』より)

イラストも描いた八雲お気に入りの妖怪
ろくろ首といえば、首が長く伸びてあんどんの油を舐めるタイプが広く知られるが、同作は首が抜けて飛び回る“抜け首”の話。八雲はイラストを描き「66(ロクロク)ビ」などと付記して親しんだ

飛び回る妖怪退治の結末は?
ある侍が出家し、全国を行脚する僧となった。山中で野宿していると「物の怪が出没するから我が家へ」という木こりの申し出を受ける。小屋にはほかに4人の家族がいたが、夜遅くに見ると5人に首がない。「首を飛ばして獲物を探す妖怪だ」と悟った僧は、胴体が見つからなければ首は戻れないという書物を思い出し、胴体を隠す。怒り狂う5つの首と対峙した僧は……。

05|むじな(『怪談』より)

子ども時代の体験が反映された物語
八雲の再話の特色のひとつで、自身の体験を反映した作品。アイルランドでの少年時代、知人女性に声をかけるとその顔はのっぺらぼう。その後、実際にやってきた当の女性は間もなく亡くなったそう

のっぺらぼうから街を逃げ惑う
ある晩、紀伊国坂を上がっていくとうずくまって泣く女がいる。心配した老人が声をかけると、女は自分の顔をひとなで。その顔は目も鼻も口もない。悲鳴を上げて道端のそば屋屋台に逃げ込んだ老人は「とても口では言えない女が出た」と叫んだ。それを聞いたそば屋が「こんなもんじゃなかったですかい」と自分の顔をひとなですると、たちまち卵のようなのっぺらぼうに。

06|持田の浦の話
(「神々の国の首都」『知られぬ日本の面影』より)

八雲の真骨頂、“生まれ変わり”の文学
生まれ変わりという観念を日本で知った八雲。以来、意識的に同テーマを蒐集したとされる。自身も「生まれ変わるなら蚊になり、墓地の花入れから飛び立って知人たちを刺して回るだろう」と書いた

出雲の国に生まれた、前世の記憶をもつ幼子
持田の浦という村に百姓が住んでいた。大変貧しく、子どもが生まれるたび、夜になると川に流した。6人の子どもを流したが、やがて暮らしも楽になり、誕生した7人目を育てることに。ある月夜、赤ん坊を抱いて庭に出た男が思わず「今夜はいい夜だ」と言うと、「おとっつぁんがわたしを捨てたのも、今夜のような月夜だったね」と子どもが返したのだった。

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小泉八雲・セツの怪談を学びに行くなら…

画像提供=小泉八雲記念館

小泉八雲記念館
遺品や直筆原稿、初版本などの展示を通して、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の生涯や功績を紹介。「再話」コーナーでは、八雲が再話した山陰地方の怪談を聴くことができる。ライブラリーやミュージアムショップも充実。

住所|島根県松江市奥谷町322
Tel|0852-21-2147
開館時間|4~9月/9:00〜18:00、10〜3月/〜17:00※入館は閉館の30分前まで
www.hearn-museum-matsue.jp

小泉八雲の怪談集
前編|雪女・耳なし芳一の話
後編|河童の詫び証文・ろくろ首・むじな・持田の浦の話

illustration: Takayuki Ino

2026年7月号「納涼、しましょ。」

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