小泉八雲の怪談集【前編】
|日本各地に伝わる怪談を作品化した
“つながりの文学”
妻・セツから物語を聞き、再話された小泉八雲の怪談。八雲の興味関心や観察眼が表れた作品の一部を、小泉八雲記念館 館長・小泉 凡さんの監修のもと紹介する。
監修=小泉八雲記念館 館長・
島根県立大学短期大学部 名誉教授
小泉 凡(こいずみ ぼん)
1961年、東京都生まれ。成城大学大学院で民俗学を専攻し、1987年より松江へ。妖怪や怪談から地域文化を研究。『小泉八雲の怪談づくし』(八雲会)など著書多数。
日本の風土や民間伝承から
再話した“つながりの文学”

画像提供=小泉八雲記念館
日本各地で古くから伝承されてきた怪談に光を当て、作品化した作家・小泉八雲。彼は怪談とどのように出合い、どんな魅力を見出したのだろう。八雲のひ孫であり、松江の小泉八雲記念館館長を務める小泉凡さんにうかがった。
「八雲を読み解くキーワードのひとつが“周縁性”。『耳なし芳一』が良例ですが、流転の人生を通して常にマイノリティの自覚があったため、中心的でない存在に非常に共感するのだと思います」

画像提供=小泉八雲記念館
口承文芸は各地に類似の話が伝わる例が多いが、時には国境を越えることも。のっぺらぼうに似た顔のない女の話が、ハワイで都市伝説として語られていたという。八雲の物語に親しんだ日系移民によって海を越え、再生産されたと考えられる。物語の力を感じる出来事だ。民俗信仰へのまなざしも随所に。「『河童の詫び証文』もそうですが、八雲は民俗学者的な勘をもっていたのでしょう」

生まれ変わりをテーマとした作品も多く残した八雲。『持田の浦』のように人間が人間に生まれ変わるだけでなく、切腹した侍の魂が桜の木に宿る『十六桜』も。ホラーに終わらない、寂しいけれど心温まる怪談こそ八雲の真骨頂だ。
「八雲が取り組んできたのは “つながりの文学”。西洋と東洋をつなぎ、死者と生きた人をつなぐ。分断の時代といわれるいまだから、注目を集めていると思います」
小泉八雲の怪談を6つご紹介!
01| 雪女(『怪談』より)

妻・セツの養祖父・稲垣万右衛門が幼少期に「大雪の日に外で雪女に遭遇し、悲鳴を上げて逃げ帰った」という話を聞き、印象に残っていたという。原話は青梅の調布村出身の庭師から八雲が聞いた木の精の話だったとされるが、主人公を雪女にすり替えたのではと考えられている。一方で類似の話は長野や新潟、富山などに存在する
吹雪の夜に出会った女との約束
木こりが吹雪に遭い、小屋でひと晩を過ごす。夜中に目を覚ますと、白い着物を着た女が。「お前はまだ若いから助けよう。ただし今夜見たことを他言すれば命はない」。その後出会った娘と結婚し、子どもをもうけた木こりは、あの夜のことを妻に話してしまう。妻は「それは私だ。でも子どもが不憫だから殺すことはしない」と告げ、白い霧となって消えてしまった。
02|耳なし芳一の話(『怪談』より)

物語の舞台となる下関は本州の隅、執筆した新宿・西大久保は東京の隅、芳一が異界と交信する縁側は建物の隅。八雲自身がクレオールやケルトなど周縁的な地域と縁深いため、シンパシーを感じたのかもしれない。執筆中、「芳一」と呼び掛けると「はい、私は盲目です」と答えるなど、芳一になりきっていたとセツが述懐している
盲目の琵琶法師が夜な夜な出向く先は……
芳一という盲目の琵琶法師がいた。ある夏の夜、芳一は何者かに連れ出され、壇ノ浦合戦の段を語るよう命じられる。外出する日々が続き、不審に思った和尚が後をつけると、安徳天皇の墓前で鬼火に囲まれて琵琶をかき鳴らす芳一の姿が。そこで悪霊から守るため芳一の全身に般若心経を書きつけるが、書き忘れた耳だけが亡霊に見つかり、ちぎり取られた。
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引き続き小泉八雲の怪談をご紹介!
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photo: Atsushi Yamahira(ポートレート) illustration: Takayuki Ino
2026年7月号「納涼、しましょ。」



































