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「庭園の宿 石亭」広島 宮浜温泉へ
日本屈指の名庭の宿を求めて。

2019.10.24
「庭園の宿 石亭」広島 宮浜温泉へ<br>日本屈指の名庭の宿を求めて。
「庭園の宿 石亭」の見所である見事な日本庭園。館内には、ウイスキー(有料)などを片手に庭園を見渡せる「廊下サロン」もあり、時間を忘れて眺めてしまう

今回は、日本を代表する庭園を有し、主人のもてなしと美学、遊び心が隅々までいき渡る名旅館を訪れた。

ほど佳き距離感の宿

この宿となじみが深くなって、どれほどの歳月を重ねただろうか。

空を映す池が印象的な、落ち着いた日本庭園を囲むように建つ棟々。背後には山が迫り、見下ろす海の眺めはいつも穏やかで、ロビーラウンジの椅子に腰掛け、ゆうゆうと池を泳ぐコイを眺めていると、ほっこりとひと息が口から漏れる。

僕はこの「庭園の宿 石亭」のことを、ほど佳き距離感の宿とひそかに呼んでいる。ひそかに、だから宿の主人にも誰にも言っていない。胸の内でそう思っているだけのことだ。

宮島と瀬戸内海を一望できる。広島の木工家・松本寛治さんによるオリジナルの家具が並ぶ

たとえばこの宿は、世界遺産にも登録され、日本三景のひとつに数えられる、名勝宮島の対岸にある。しかしながら宿からは、宮島を象徴する、あの朱の鳥居も見えず、言われなければ、宿から見える島影が宮島だとは気づかない。遥か遠くにあるようで、しかし、すぐそこに宮島があるようにも見える。この距離感が実に絶妙だと、いつも思うのである。そういえば宮浜温泉という名も、宮島を想わせるような、そうでないような。

客室も然りなのであって、庭園を囲むようにして離れが建ち並んでいるから、客室の窓と窓が向かい合うところもある。

つまりほかの客室の様子がうかがえるのだが、ほど佳き距離感があるので、気にならないのだ。近過ぎず、遠過ぎず。

隠れ家的な部屋「四阿(あずまや) 安庵(あんあん)」のリビングの前のテラスにしつらえられたプライベートな露天風呂

離れ形式になっているのに、疎外感を覚えることなく、きちんとプライバシーが保てるという、客室同士の絶妙の距離感。加えて、その客室と客室の合間に点在するライブラリーや、ラウンジバーといったパブリックスペースの存在が、お客同士の頃合いの距離感を保つのに生かされている。

大浴場の内風呂。
奥には露天風呂も。泉質は単純弱放射能温泉。男女入れ替え制。

お客同士だけではない。宿のスタッフとの距離感も、実に心地いい間合いで、いわゆる付かず離れずの接客が、お客の肩からふわりと力を抜き去ってくれるのである。

こうして、いくつものほど佳き距離感が、この宿の居心地に安らぎを与えているのだが、その最たるものはといえば、客室の中のつくりなのである。

人と人の間合いというのは微妙なもので、他人同士はもちろん、たとえ夫婦や親子であっても、近過ぎると息苦しさを覚えることもある。それを和らげてくれるのが、この宿の客室のつくり。ふたつとして同じつくりの客室はなく、どの客室も個性的、かつ入り組んだ迷路のような配置になっている。

石亭の部屋はひとつとして同じ構造、しつらいはない。いろいろ泊まってお気に入りを見つけたくなる。写真は「離れ 抱月」の書斎

意外なところに浴室があったり、洗面所が2カ所あったり、隠し部屋のようなライブラリーがあったりする。そのことによって、それぞれの居場所が保てるという効果を生んでいて、ひとつの客室の中でも、ほど佳き距離感を得られるのである。

宿そのものが日本庭園として存在

この宿を唯一無二の存在たらしめているのは、卓越したセンスによって生み出される、空間のつくりと意匠である。

目立ち過ぎはしないが、随所に配された家具の美しいフォルムは特筆に値する。そして部屋の内外に蔵されている書籍までをもインテリアの一部にしてしまう、知のデザイニング。

この宿が“庭園の宿”をうたっているのは、伸びやかな日本庭園を中心に据えて建てられているからだけではなく、宿そのものが、日本庭園として存在しているからでもある。池泉回遊式庭園がそうであるように、この宿のどこに居場所を定めるかによって、居心地という景色ががらりと変わる。目に見えるもの、見えないもの、聞こえるもの、感じるもの。

コイが泳ぐ庭を中心にした日本屈指の回遊式日本庭園。
庭園を囲むように客室が配置されており、各部屋から違った庭の風情が愉しめる。

一年を通して楽しめるアナゴ料理

ほど佳きものは距離感だけではなく、朝夕の料理もまた、ほどの佳さを愉しませてくれる。

宿の母体である「うえの」は、宮島口で絶大な人気と伝統を誇る店で、名物「穴子飯」は日本屈指の優れた駅弁として知られている。

さまざまに調理法を変え、味わいも異なる穴子料理は一年を通して愉しめるし、冬から早春にかけては、宮島名物の牡蠣料理が食膳を彩る。

〈先附〉穴子とウニの胡麻醤油和え、穴子天ぷら、穴子の白焼きと西京焼き
〈椀物〉雪に見立てたカブのすり流しの中には甘鯛や百合根、黒ヒラタケが

素材のよさだけに頼りきることなく、洗練の技と進取の気性で、伝統ある宿の料理を、さらに進化させるのは、若き料理長の役目。キレのいい料理は目に美しく、食べて美味しい。

すべてにほど佳き宿は、これからどこを目指すのか。「庭園の宿石亭」は、いつまでも、どこまでも見届けたいと思わせる宿である。

庭園の宿 石亭
住所:広島県廿日市市宮浜温泉3-5-27
Tel:0829-55-0601 
Fax:0829-55-0603
E-mail:info@sekitei.to 
客室数:12室
料金:3万3630円〜(税込)
カード:AMEX、DC、JCB、MASTER、UC、VISAほか
チェックイン:15:20 
チェックアウト:10:20
夕食:会席料理(部屋食) 
朝食:和食(食事処または部屋食)
アクセス:車/山陽自動車道大野ICから約10分 電車/JR大野浦駅から送迎あり(要予約)
館内施設:サロン、カフェ、ライブラリー、庭園
インターネット:無線LAN www.sekitei.to

文=柏井 壽 写真=宮地 工

2018年 Discover Japan Travel「一度は泊まりたい ニッポンの一流ホテル&名旅館」より掲載

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