建築家・中村好文
普通でちょうどよい木の住まい【前編】
人の住まいと暮らしに寄り添った住宅設計の名手・中村好文さん。10年ほど前から中村さんが週末を過ごす大磯の別荘「CLIFF HOUSE」へ。ゲストルームや書庫まで備えられた小さな住処に込められた、木をふんだんに使った住まいとその暮らしとは?
中村好文(なかむら よしふみ)
1948年、千葉県生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒業後、東京都品川職業訓練校木工科で家具製作を学ぶ。1981年、住宅建築と家具製作の「レミングハウス」を設立。主な作品に「三谷さんの家」、「伊丹十三記念館」など。著書も多数。
居心地のよい出窓に身体を預けて
景色を眺め、本を読む、贅沢なひととき

「西に富士山が見えるでしょう。正面左手は伊豆大島、目のいい人ならサンフランシスコの金門橋も見えるんだけど、あいにく今日はちょっと霞んでいるから無理かなぁ……」
そんな冗談を交えながら、眼の前に広がる風景について説明してくれたのは建築家・中村好文さん。
神奈川県・大磯町、崖に張り出すように建つ「CLIFF HOUSE」は、中村さんと妻の夏実さんが週末を過ごす小住宅だ。もともとCLIFF HOUSEは、サーフィン好きのオーナーのために中村さんが2003年に設計した建物。縁あって、中村さんが2014年に引き継ぐことになった。
「ぼくは千葉県の九十九里浜の生まれで、高校生までは海のそばで育ちました。だから海を眺めて暮らしたいという潜在的な願望があったんだと思います。それから、小屋の気配の感じられる小さな家で暮らしたいという願望もありました」

住みはじめてから傷んでいた屋根を葺き替えたり、テラスを改修したりした。室内では台所と食堂の間のカウンターを低くして、空間に一体感が感じられるようにした。
「室内とテラスに段差がなくひとつながりなので、天気がよければ、よくテラスにテーブルを出して食事しています」
居心地のよいテラスと同じく、楕円型の暖炉もお気に入り。揺らめく炎を眺め、薪のはぜる音や匂いに癒されるひとときが好き。
「暖炉好きなのは、子どもの頃に焚き火をしたり、風呂焚きをしたり、火と日常的につき合ってきたせいでしょうね。それに家の中に火を焚く場所があると太古の竪穴式住居の気配が生まれるような気がします。人の住まいの原型と言ったらいいかもしれません」と中村さん。

CLIFF HOUSEの寝室の床は栗のフローリング、台所や食堂・居間の家具はもちろん、建具や勾配天井にも木がふんだんに使われている。
「天井は桐材です。桐は軽くて柔らかく、断熱性や調湿性があるのが特徴。また木目が素直で色も明るいので空間が軽やかになります。一方、このテーブルはタモ材でつくりました。タモは木目に個性があり、しなやかな強度をもつ家具の良材ですが、ぼくはテーブルを栗や楢でつくることが多いので、ちょっと珍しいタイプです」

そして海と富士山が眺められる浴室には、木曽の桶職人につくってもらった高野槙の浴槽がしつらえられている。
「木製の風呂桶は檜や椹がよく使われますが、高野槙は黒ずみにくいことと、香りが長持ちするので人気があります。そういえば京都の俵屋旅館の浴槽も、高野槙製ですね。特別な手入れはしていないのに20年以上経っていても、案外きれいでしょう?」

CLIFF HOUSEで週末を過ごすようになってから、3年後にCLIFF HOUSEの裏手に2階建ての納屋兼ゲストハウス「CLIFF HUT」を増築した。
らせん階段を上り、跳ね上げ式の扉を押し上げると、鴨長明の方丈と同じ3m四方の隠れ家のような部屋が出現。出窓のあるワンルームにはベッドに早変わりするソファをしつらえてあり、来客用の寝室でもある。海を眺めるためにつくられた出窓から大空と眼下に広がる太平洋を望むことができる。景色を眺めたり、本を読んだり、心ゆくまで過ごせるように、出窓は座り心地のよいクッション仕上げにしてある。
「ソファは友人の皆川明さんの『ミナ ペルホネン』のファブリックです。ぼくの建築は白壁と木材の素地の色が基本であまりカラフルではないんだけど、ここはちょっと祝祭的な感じにしたくなってね」

そして、一昨年増築したのが、書庫兼読書室の「CLIFF STACK」。間口2・7m×奥行1・2m×高さ3mの小さな書庫に東京の自宅から移した1000冊ほどの蔵書を収納している。ゴッホの書簡集などの美術書や画集のほかに、小説、エッセイ集など、中村さんの関心のうかがえる分野を越えた愛読書がぎっしり。
ここで使われている読書椅子はモーゲンス・コッホの革の折りたたみ椅子でかたわらには読書灯も付いている。
「そうそう、らせん階段の上にある双眼鏡はね、外を眺めるためではなく、本棚の最上段にある文庫本の書名を読むためです(笑)」
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text: Yukiko Mori photo: Atsushi Yamahira
2025年9月号「木と生きる2025」



































