建築家・堀部安嗣
木造建築の美は風土から生まれる
前編|大山阿夫利神社〈茶寮 石尊〉
「これからの時代は、それほど新築をつくらなくてもいいのではないか。あるものを生かしていくほうが、自分はしっくりくるんです」
日本建築学会賞に輝く建築家・堀部安嗣さんはそう話す。自ら改修を手掛けた、神奈川県の「大山阿夫利神社」付属の建物で、日本の木造建築と気候風土の深い関係性について語ってもらった。
堀部安嗣(ほりべ やすし)
建築家。1967年、神奈川県横浜市生まれ。1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2016年、「竹林寺納骨堂」で日本建築学会賞(作品)を受賞。著作に『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012〜2019 全建築と設計図集』(平凡社)ほかがある。
木造建築の美は風土から生まれる
かつて江戸の町人たちの間で大いにはやった「大山詣り」は、信仰と行楽を兼ね備えた一大イベントだった。江戸からおよそ80㎞、2泊3日ほどかけて気長に歩いた道のりも、いまは車とケーブルカーを乗り継いで2時間弱。森林に抱かれて建つ大山阿夫利神社には、昔と変わらず多くの参拝者が訪れて手を合わせる。

下社に隣接する客殿の一部を改修し、「茶寮 石尊」が開かれたのは、2019年のこと。改修設計を手掛けた、建築家の堀部安嗣さんはこう話す。
「ここはやっぱり立地が素晴らしい。眼下に広がる眺望を十分に生かすために、開口部のプロポーションを変えるなどの改修計画を考えました」

遥か遠く、相模湾や房総半島、伊豆大島まで見晴らす絶景が、開口部という額縁の中に伸びやかに広がる。一般にはそれを「開口部で切り取る」と言い表すけれども、堀部さんの場合はひと味違って、「軒先で切り取る」。その意図は、「軒という近景をつくること」だという。
「近景があることで風景に奥行きが生まれ、遠景がより印象的になる。それから軒も屋根の一部なので、屋根の下で守られているような安心感を抱いて風景と向き合えるのです」

この空間に使われた木材は杉。リュックに登山靴姿のお客も多いことから、気兼ねなく過ごしてもらえるよう、特にテラスに近い空間は節のある杉材を使い、粗めの表面加工でラフな雰囲気にした。さらに、日本古来の塗料・柿渋を塗ることで、既存の古い木材の濃い色合いとよく馴染んでいる。
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雄大な風景を望める喫茶空間



堀部安嗣がつなぐバトンとは?
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text: Shiori Kitagawa photo: Maiko Fukui
2025年9月号「木と生きる2025」
































