建築家・吉田愛さん、谷尻誠さん
愛着を深める多拠点づくり【後編】
10年以上前から、すでに広島~東京間を行き来していたSUPPOSE DESIGN OFFICEの吉田愛さんと谷尻誠さん。クリエイティブな発想を生み出すために多拠点生活は欠かせないと語るお二人に、いま、気になる拠点を教えてもらった。
二人が行き来する地元づくりの拠点
「いま、北海道の美瑛にハマっているんです。明日も行ってきますよ」
開口一番、谷尻誠さんは近い将来、拠点のひとつになるであろうエリアの話をしてくれた。谷尻さんといえばSUPPOSE DESIGN OFFICEを共同主宰する吉田愛さんと同様に、多拠点生活を実践する先駆者として有名だが、そのスタイルはいまも変わらず、むしろ年々拠点が増えている。
「2008年に東京にもオフィスを構えて以来、広島と東京を行き来する生活がはじまりました。現在も月に1~2回、広島のオフィスに顔を出すほか、国内の気になる場所を訪れては拠点づくりを進めています」
冒頭の美瑛もそのひとつ。去年の春頃から足を運ぶようになり、行けば行くほど、美瑛の虜になっていった。
「私は釣りが趣味なのですが、美瑛にはいい川があるし、スキーも楽しめる。もちろん景色も最高です。しかも羽田空港からトータル2時間半ほどで目的地に着きます。都内から近郊のキャンプ場に車で行くのと大して変わらない時間で別世界に行けるわけです。これは通わないわけには行かないなと(笑)。毎回、ホテルに宿泊していたのですが、ここまで頻繁に通うのだったら拠点をつくってしまったほうが早いのではと思い、とりあえず美瑛に土地を入手しようかと。今後どうやってプロジェクトにつなげていこうかも、模索している段階です」
谷尻さんが昔から多拠点にこだわる理由、それはひとつに不便だからこそ見えてくるものがあるからだという。
「便利な環境に身をゆだねていると、人の思考は単調になりがちです。逆を言えば、障害があったほうが人は考え、工夫し、知恵を見出します。いま私は日本各地を転々としていますが、確かに移動に時間はかかるし負担に感じることもあります。でも、拠点を行き来する間に情報がシャッフルされて、予想もしなかったような化学反応が起きることがあるのです。そんな中で生まれたアイデアは、これまで数知れません」
日頃から思考のブラッシュアップを意識する谷尻さんにとって、自然は欠かせない存在。拠点とする場所も、東京以外はすべて豊かな自然の中にある。
「子どもが生まれてからキャンプをはじめたのですが、キャンプは不便の固まりです。テント張りから火おこしまで、一つひとつの作業にテクニックが必要です。まさにクリエイティブな仕事です。こうした自然の中に身をゆだねていると心は豊かになりますし、思考も冴えてきます。自然のない生活は、もはや考えられません」
さらに新型コロナウイルス禍を機に、拠点づくりに対する考え方に変化が生まれたとも。
「コロナで先行きが見えなくなったときに、仕事がなくなる不安が心によぎりました。21年前に独立したときはお金もありませんでしたが、もっとワクワクしていたはずなのに、いまの自分は仕事に依存し過ぎていたことに気づきました。これでは将来がないなと。以来、心底楽しいと思える仕事だけを自らの手でつくっていこうと決めました」
美瑛の土地もしかり。大好きな自然の中で心から喜べることをするために、まずは拠点づくりを進める。失敗を恐れず、行動に移すことがいまの自分に大切だと、谷尻さんは言う。
「もちろん東京の生活も大事。都会と自然、それぞれ異なる環境がからみ合い、私を成長させてくれるのです」
さまざまな場所から
ヒントを得て生まれたプロジェクト
<移住の基本データ>
名前|谷尻 誠さん・吉田 愛さん
拠点をもっている場所|東京・広島・鎌倉・北海道ほか複数あり
第2の地元をつくった理由|いいものを生み出すため、愛着がわいた場所、かかわりたいと思った場所などで暮らしと仕事をつなげて考えることが楽しいと思うから。
地元を複数もつことのメリットとデメリット|メリット/その地域に住む人の気持ちになって建築に携わることができる。デメリット/移動時間が多く時間が限られてしまう。
地元を増やしたことでできた趣味|谷尻さん/サウナ 吉田さん/ガーデニング
text: Misa Hasebe photo: Kazuya Hayashi, Shingo Nitta
Discover Japan 2022年3月号「第2の地元のつくり方」