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建築家・中村好文
普通でちょうどよい木の住まい【後編】

2025.11.15
建築家・中村好文<br> 普通でちょうどよい木の住まい【後編】

人の住まいと暮らしに寄り添った住宅設計の名手・中村好文さん。10年ほど前から中村さんが週末を過ごす大磯の別荘「CLIFF HOUSE」へ。ゲストルームや書庫まで備えられた小さな住処に込められた、木をふんだんに使った住まいとその暮らしとは?

中村好文(なかむら よしふみ)
1948年、千葉県生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒業後、東京都品川職業訓練校木工科で家具製作を学ぶ。1981年、住宅建築と家具製作の「レミングハウス」を設立。主な作品に「三谷さんの家」、「伊丹十三記念館」など。著書も多数。

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住む人の生き方の姿勢と、暮らしの文法に合わせた、
居心地のいい住まい

今年10月から11月にかけて韓国・ソウルで展覧会『住宅建築家・中村好文 普通でちょうどいい』を開催する。「伝統建築の韓屋に展示する予定です。いま、その準備でスタッフ総出の大わらわです」

設計事務所「レミングハウス」を主宰し、住宅設計を中心として、美術館、記念館をはじめ宿泊施設や店舗など多岐にわたる建築設計を手掛けてきた中村さん。その9割は木造建築とのこと。なぜ、そこまで木にこだわるのだろうか。
「あっさり言うと木という素材が好きだから……ということになるでしょうね。そして木造建築に馴れ親しんできたからかな。生家は、茅葺屋根の木造の民家だったので、幼い頃から木の心地よさを感じて暮らしてきたということが大きいかも」

延床面積13坪ほどの「CLIFF HOUSE」と、ゲストルームを設けた2階建て「CLIFF HUT」(右)、書庫の「CLIFF STACK」(左)

建築資材も家具用材も木の種類に特にこだわりはなく、目的や予算に合わせて、適材適所で使い分けている。時には古材を積極的に使うこともあるという。
「木は古びていくに従って風合いを増していき、美しくなっていく素材ですよね。英語でいうPatina(パティーナ)、『古趣』や『侘び、寂び』という感覚にも通じています」

また、中村さんは、建築物は周辺の風景に違和感なく馴染むことも大切だと考えているという。
「風景や街並みに敬意を払う控えめの建物が好きです。ぼくは住宅設計の仕事を普段着の仕立屋のような仕事だと考えているので、住む人の生き方の姿勢と、暮らしの文法に合わせた、居心地のいい住まいを仕立てていきたいのです」

約160年前に幼稚園で使用されていた椅子。長い年月を経て栗の座板の木目が浮き上がり、えも言われぬ風合いを醸し出している

建築と並んで、意欲的に取り組んできたのが家具デザインの仕事だが、中村さんのデザインする家具は、建築と同様にほとんどが木製。

家具のアイデアのほとんどは、日々の暮らしの中から生まれてくるという。
「これまでに手掛けた家具はオーソドックスなデザインで、木材の素地本来の色みや風合いを生かした普段使いの家具。CLIFF HOUSEで使っている家具も、実用に徹したシンプルなものばかりです」

約4畳の台所。壁のステンレス張りや流し台前に設けたパンチングメタルの棚などに、料理人だった前オーナーの希望が反映されている

木という素材を愛し、風景に寄り添いながら、居心地のよさをかたちにしてきた中村さん。これまで手掛けた450軒以上もの住まいには、“普通であること”という信条と美意識が一貫して流れている。

日本語では“普通であること”は否定的にとらえられがちだが、スウェーデン語には“普通でちょうどよい”を意味するEnkelという肯定的な言葉があるという。
「ぼくがずっと考えてきた“普通であること”は無理なく無駄もなく、まっすぐに背筋が通っていて、用を満たした上で、美しさを感じられるバランスの取れたものです。これからも、ものづくりだけでなく、生き方として“普通でちょうどよい”を追い求めていくことになるのだろうと思います」

中村好文さんがすすめる
見ておきたい木の空間

まず中村さんが挙げたのが香川県・高松にある「栗林公園 掬月亭」。国の特別名勝に指定された広大な日本庭園は、江戸期に造園されたもの。歴代の高松藩主がこよなく愛した名園内の茶亭・掬月亭は、「凛とした佇まいが好きで何度も通っている」という。「ほかにも直線建築の極みとして唯一神明造の構造の『伊勢神宮・内宮』や大仏様様式の圧倒的なスケールの『東大寺南大門』も見ておくべき木の建築ですね」

数寄屋風書院造の掬月亭は、壁が少なく開放的な雰囲気で庭を眺められる。中村さんは著書で「紫雲山を背景に、まるで巣の中の卵のように居心地良く収まっている」とつづっている。

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中村好文に聞く
木と建築のいい関係

01|普通でちょうどよい木の住まい【前編】
02|普通でちょうどよい木の住まい【後編】

text: Yukiko Mori photo: Atsushi Yamahira

2025年9月号「木と生きる2025」

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