栃木県・那須《森林ノ牧場》
森林と放牧酪農の幸せな関係【後編】
|“ニッポンの美味しい”のいまと未来②

作家・料理家の樋口直哉さんが訪ねる、知っておきたい“ニッポンの美味しい”のいまと未来。美味しいものは、生産者の方々なくしては語れません。作家かつ料理家として活躍し、全国の生産者の元へも足繁く通っている樋口直哉(ひぐち なおや)さんに、注目の生産者を訪ねてもらい、日本の食の現状と可能性を、生産の現場からひも解いていく。
森でのんびり草を食む牛たち。牛がいることで循環が生まれ、人と人がつながる。今回はこれからの酪農の可能性を知りに、放牧酪農を行っている栃木県・那須にある「森林ノ牧場」に訪れた。クラフトバターなど酪農における、新たな形に挑戦する森林ノ牧場代表・山川さんが考える、多様な酪農の可能性とは?
多様な酪農の可能性に挑戦中

「知人のシェフにレシピ監修をしてもらったんですが、すごく美味しくできたと思います」
森林ノ牧場の製品の中で個人的に美味だと感じているのが発酵バターだ。油脂であるにもかかわらず軽くて、無理がない味がする。バターは凝縮されているので酪農家の考え、牛たちが食べている餌、環境が出やすい。パッケージは名刺サイズ。まさにバターは酪農家にとっての名刺なのだ。

牧場の牛たちには一頭一頭、名前がついていて、個性を大事にしながら育てられる。「あの子の革」という製品は牛の革を使ったプロダクトだ。名刺入れひとつとっても、牛の名前や性格などが書かれているので、どんな子だったかわかる。かけがえのない命が失われるときにも愛情を込めて扱ってあげたい。そんな切ない思いが込められている。
また、バターをつくるときの副産物である無脂肪乳を使った「バターのいとこ」は大ヒット商品だ(製造は那須の企業「GOOD NEWS」)。そして、チーズ工房「那須の森」を事業承継し、チーズづくりもはじめている。

「加工があることで酪農は広がっていくんです。うちではバターのOEMも受け入れています。日本では意外とクラフトバターって少ないんですよね。大規模化は必要だとは思いますが、人口減少社会ではいずれ立ち行かなくなる。いまのうちに多様化した酪農があったほうがいいんじゃないかって」
かつて酪農は大規模化こそが正しいとされてきた。森林ノ牧場の取り組みが酪農の未来を考えるヒントになるのは、小規模なままさまざまなプロジェクトによりつながることで、みんなが幸せになる道を指し示していることだ。

牧場内を歩くとちょうど牛たちが放牧されていた。山川さんは意外にも放牧が絶対ではない、と言う。
「ただ、自分が好きなんですよね。この景色が。僕は放牧することで牛たちの価値を高められると思っているけど、正直、グラスフェッド牛(主に草を食べている牛)でもグレインフェッド牛(主に穀物を食べている牛)でも、牛たちが健康で幸せであれば、どちらだっていいと思うんです。自分たちがこれからやっていきたいのはローカルフェッド。どれだけ身近なところで牛たちを育てていくか、というところに挑戦していきたい」
人間が暮らしていれば必ずひずみのようなもの、たとえば食品残渣が出てくるし、土地を使えば使いにくい土地も出てくる。そんないわゆる未利用資源を牛たちは活用してくれる。そのことを数値化して見えるようにしたい、と山川さんは言う。

「そうすればこの子たちがいてよかった、と思ってもらえるんじゃないか」
前述した猶原恭爾は著書『日本の山地酪農』の中でこれからの酪農は「創造的生産によって、日本の人間社会を良くするのが使命」と書いている。確かに牧場を訪れると酪農には人間社会をよくする力がある、と感じる。草を牛が食べ、牛がいることで人が集まる。人がかかわることで自然が豊かになっていき、その恵みをいただく。牛がいることで循環が生まれ、人と人とがつながっていく。酪農があることで世界は少しずつ変わっていく。
牧場では生まれたばかりの仔牛が大事に扱われていた。牛のつぶらな目を見ていると、こちらの気持ちまでやさしくなる。新しい命が生まれること。そんな奇跡の繰り返しの中で、僕らは生きている。
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美味しく加工して価値を高める





森林ノ牧場
住所|栃木県那須郡那須町豊原乙627-114
Tel|0287-77-1340
営業時間|10:00〜16:00
定休日|木曜(祝日の場合は営業)
www.shinrinno.jp
※オンラインショップ、ふるさと納税あり
text: higuchi naoya photo: Kenta Yoshizawa
2025年1月号「ニッポンのいいもの美味いもの」