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栃木県・那須《森林ノ牧場》
森林と放牧酪農の幸せな関係【前編】
|“ニッポンの美味しい”のいまと未来②

2025.1.21
栃木県・那須《森林ノ牧場》<br>森林と放牧酪農の幸せな関係【前編】<br><small>|“ニッポンの美味しい”のいまと未来②</small>

作家・料理家の樋口直哉さんが訪ねる、知っておきたい“ニッポンの美味しい”のいまと未来。美味しいものは、生産者の方々なくしては語れません。作家かつ料理家として活躍し、全国の生産者の元へも足繁く通っている樋口直哉さんに、注目の生産者を訪ねてもらい、日本の食の現状と可能性を、生産の現場からひも解いていく。

森でのんびり草を食む牛たち。牛がいることで循環が生まれ、人と人がつながる。今回はこれからの酪農の可能性を知りに、放牧酪農を行っている栃木県・那須にある「森林ノ牧場」に訪れた。

文=樋口直哉(ひぐち なおや)
料理家として活躍しながら、作家としての活動も。小説『スープの国のお姫様』(小学館)、『おいしいものには理由がある』(KADOKAWA)など著書多数。『さよならアメリ力』(講談社)では芥川賞候補にも選出。

牛たちの命の価値を高める
酪農を追求

牛と触れ合う山川さん。国内で飼育されている乳牛は乳量が多いホルスタイン牛が主流だが、森林ノ牧場で飼われているのは味わい深いミルクを生み出すジャージー牛

「森林ノ牧場」は名前の通り、森の中にあった。牛乳と聞くと広々した牧場で牛たちが草を食む光景を思い浮かべる。けれど、日本の酪農での放牧の割合は約17%(日本草地畜産種子協会調べ令和4年度概算値)と実際には多くの牛たちは一生を牛舎の中で過ごす。

以前、岩手県、標高800mの北上山地の中腹にある「なかほら牧場」を取材したとき、牛たちが山を自由に動き回る景色に感動した。森に牛を放つと彼らが草を食べ、山が保たれる。創設者の中洞正さんは植物生態学者の猶原恭爾博士が1960年代に提唱した山地酪農という酪農方法を広めた一人。その中洞さんから「うちの卒業生の中で一番出来がいいのが山川」と聞いていたので、栃木県那須町にある森林ノ牧場には一度、訪れたいと思っていた。

牛たちは名前を呼ぶと搾乳小屋に入ってくる。搾乳を終えた牛に「行くよー」と声を掛ければ放牧地に戻っていく。牛たちの性格はさまざまで人懐こい子もいれば、神経質なタイプも。それぞれが自由に過ごしながら人間が食べられない草を牛乳という食べ物に変える牛という生物はつくづく偉大だ

代表の山川将弘さんから話をうかがう。山川さんは東京農業大学畜産学科で学び、なかほら牧場を経て、環境ソリューション企業「アミタ」が酪農事業を立ち上げるタイミングで入社。京都府の丹後で2年を過ごした後、那須に。異動して1年半経ったところで、アミタから事業承継され、独立した。

東日本大震災が襲ったのはその直後だった。そして、栃木県全域で放牧禁止の通達が出されたのである。「あのときはもう駄目か……、と思いました。牧場をやめようか、と思って最後のあいさつ回りをしていたらある和菓子屋さんがケーキをつくって、被災者に届けていたんです。菓子店は幸せを届けるのが仕事じゃないか、と。ああ、仕事ってこういうことだなって思って」。

山川さんは諦めなかった。環境を整え、2014年には放牧を再開する。その後、森林ノ牧場は2021年、益子に第二牧場を開いた。効率化だけを考えれば近隣を開拓したほうがいいに違いない。しかし、森林の放置や耕作放棄地の問題を解決することが酪農の本質だと考えたからだ。

「山を使って牛を育てるのは日本の山がそれだけ豊かだということ。牛たちは人間が利用していない資源も活用できる。人が使えないものを価値に変えるところに酪農の意義がある。牛たちが自然と人をつなげてくれるんです」

放牧牛のバターは不飽和脂肪酸が多く、口溶けがいい。さらに発酵によって酸が生まれるので、後味はすっきり。発酵バター有塩・食塩不使用各1620円。森林ノ牛乳680円

牛たちの命の価値を上げること、これが山川さんの信念だ。牧場でも出荷後も、牛たちの命は大切に扱われる。

「かわいいって言ってもらえることにも価値がある。乳製品も搾っただけだと1週間しか賞味期限がない。でも、バターに加工すれば、賞味期限も延びるし、小さくなるので流通もしやすくなる。チーズにすればもっと長く食べられるし、時間をかければかけるだけ価値が上がる。乳製品は加工することで付加価値をつけていけるんです」。

ミルクだけではない。森林ノ牧場には「いのちのミートソース」「いとしいカレー」という製品がある。乳牛としての役目を終えた牛は、肉牛市場に出すことになるが、安い価格しかつかない。それは切ない、と山川さんは市場ではなく自分たちで売る。

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多様な酪農の可能性に挑戦
 
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text: higuchi naoya photo: Kenta Yoshizawa
2025年1月号「ニッポンのいいもの美味いもの」

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