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沖縄の台所《那覇市第一牧志公設市場》がリニューアル!【前編】

2023.8.13
沖縄の台所《那覇市第一牧志公設市場》がリニューアル!【前編】

第一牧志公設市場がリニューアルオープンし、活気を取り戻した那覇。組合長の粟國智光さんに新しい市場を案内してもらった。

第一牧志公設市場・組合長
粟國智光さん

北口すぐそばにある山城こんぶ屋の3代目。2013年より現組合長に就任。「観光の皆さんに楽しんでいただけるような写真スポットや市場体験ブースもあります。まずはぐるりと一周して市場を楽しんでくださいね」

[1950年開設]
旧第一牧志公設市場の正面

この地域の地下には那覇市のガーブ川が流れており、公設市場やアーケードでつながった商店は水上店舗と呼ばれる。紆余曲折を経て1972年に完成した第一牧志公設市場は、2019年に幕を閉じた

1990年に1階で購入した食材を2階の食堂街で調理する持ち上げがスタートすると、市場は観光スポットしても注目を浴びるように

[2023年リニューアル]
第一牧志公設市場の正面

4年ぶりに活気を取り戻した市場周辺。この間、近隣はセンベロなど昼飲みを楽しめるエリアに進化している。建て替え期間中は、並びにある旧第二牧志公設市場跡地(にぎわい広場)に移転していた

2階の食堂街は早くも観光客で大賑わい。昼前後はあっという間に満席になる。移動には市場1階の南側にエレベーターがある

1階 精肉・鮮魚・生鮮店舗
旧市場の佇まいを残したレイアウト。1階には肉や魚、乾物、沖縄総菜などの店が並ぶ。場外には公設市場写真スポットも設置
 
2階 食堂
沖縄家庭料理、琉球料理、南国のフルーツジュース、スイーツなどが楽しめる食堂街。「持ち上げ」システムも試してみて
 
3階 調理体験室・多目的室
リニューアルに伴って新たに誕生した3階には、イベントもできる多目的室や、購入した食材を料理できる調理コーナーを設置した

戦後、市場でたくましく働く
アンマーたちが復興の原動力

約4年の建て替え期間を経て2023年3月、那覇市第一牧志公設市場がリニューアルオープンした。人々は復興のシンボルであった公設市場を同じ場所によみがえらせたことを喜び、口々に「市場、おかえりなさい!」と涙した。
 
戦前、那覇の中心市街地は現在のゆいレール旭橋駅のあたりで、那覇市役所や東町公設市場などで賑わっていたが、第二次世界大戦の10・10空襲で那覇は焼け野原となり、戦後は那覇軍港を中心に米軍の管理下になった。
 
比較的被害を免れた焼物の街・壺屋と隣接する開南エリアに人が集まり、闇市が誕生すると、衛生面などを考慮した那覇市は、近隣の湿地帯で空き地だった牧志エリアに公設市場を建設することにした。戦争で生活の道具も何もかもを失った那覇。壺屋ではご飯をよそうマカイ(お碗)の焼物がつくられ、登り窯の煙はまるで復興ののろしのようだったという。
 
仕入れてきたものを売る、腕一本で日銭を稼ぐことができたまちぐゎー(市場)は、貧しい暮らしの中で子どもを育てるアンマー(母親)たちが活躍する場所。その歴史は新生公設市場にも脈々と受け継がれている。組合長の粟國智光さんに市場の魅力についてうかがった。
 
「牧志公設市場の名物といえば売り手と買い手により価格と量を決める、相対売りです。目に見えるのは商品の売買ですが、市場でやりとりされているのは人と人とのつながり。店とお客さんは、何十年にわたって続いているんです。シーブン(オマケ・感謝の心)を忘れずにきたからこそ、いまがあると思います」

提供:那覇市歴史博物館

第一牧志公設市場HISTORY
1950年
牧志公設市場として開設(精肉部・鮮魚部)
 
1951年
牧志公設市場雑貨部・衣料部が開設
 
1969年
第二牧志公設市場開設。それにより牧志公設市場が第一牧志公設市場へ改名
 
1972年
・本土復帰。沖縄県誕生
・第一牧志公設市場を建て替え完成
 
1990年
1階で購入した食材を2階で調理し提供する「持ち上げ」サービスを開始
 
2001年
第二牧志公設市場が閉鎖
 
2005年
第二牧志公設市場跡ににぎわい広場オープン
 
2019年
・第一牧志公設市場が旧にぎわい広場跡に設置された
・仮設市場に移転
 
2022年
牧志公設市場雑貨部・衣料部が閉場
 
2023年
第一牧志公設市場が元の場所にリニューアルオープン移転

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text: Kiyomi Gon photo: G-KEN
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