デザインとしての家紋が新しい価値をつくる。『京源』 紋章上繪師 波戸場承龍さん・耀次さん
羽田未来総合研究所とともに羽田空港の未来を考える連載《HANEDAの未来》。第10回は手描きで家紋を入れる紋章上繪師・波戸場さん親子に、伝統的な職人仕事と現代性の融合についてうかがう。
京源 紋章上繪師
波戸場承龍さん
京源3代目。着物に家紋を手で描き入れる紋章上繪師の技術をデジタルに応用し、商業施設や企業の紋意匠やファッション、プロダクト等、家紋の新しい価値を提案している。
京源 紋章上繪師
波戸場耀次さん
京源4代目として、手描き職人の修業のかたわら、2010年よりIllustratorで家紋を作図する事業を開始。父とともに現代のライフスタイルに融合させた家紋を国内外へ発信している。
羽田未来総合研究所
アート&カルチャー事業推進部
ディレクター 石黒浩也さん
百貨店でのマネージャー・バイヤー職を経て、現職。羽田空港のさらなる価値向上のため、日本の地方風土や文化芸術を羽田から発信すべく活動中。
石黒 以前、友人の紹介にて、お二人とはじめてお会いしたときに、日本人にはほぼ全員に家紋があると聞いて衝撃を受けました。それは世界に類を見ないことです。
承龍 家紋は日本固有のものです。その概念は平安時代に生まれ、旗印に使っていた武家の世を経て、室町時代になって着物に手描きで入れる我々のような紋章上繪師が誕生しました。江戸時代には庶民でも家紋をもてるようになり、広まったのです。
石黒 その文化が衝撃的だったのと、さまざまな施設の暖簾のデザインをはじめ、多くの素晴しいプロダクトやロゴに家紋を取り入れて、新しい価値を生み出していることに驚きました。きっかけは何だったのですか?
承龍 もともと紋章上繪師は祖父がはじめ、私で3代目なのですが、23歳で独立した後、昭和40年代にシルクスクリーンの技術が普及し、手描きの仕事の需要が激減しました。私は手描きにこだわりながら、別で立ち上げた着物の総合加工会社の仕事をやっていたのですが、50歳になる頃に「家紋を新しいかたちで世に残すために作品をつくりたい」と思ったんです。
耀次 僕は、父から「継がなくていい」と言われていましたが、大学時代にその会社を手伝うようになって。あるとき、企業から家紋をあしらったロゴデザインをデータで納品してほしい、という依頼がきたんです。そこで父がデザインし、私が独学でIllustratorで制作したとき「これは新しいことができる」と本格的にMacを導入して父も使えるようになりました。
承龍 家紋はフリーハンドではなく、「分廻し」という竹製のコンパスと、直線を引く「溝引き」を使い、無数の円と線だけで描きます。その技術がIllustratorと親和性が高く、手描きをデジタル化したことで、作品や新しい仕事が加速度的に増えていったんです。
石黒 そのモダンな感性が心に響いて、以前私が葛飾北斎の『北斎漫画』と現代の一線級の職人とコラボレーションするプロジェクトを担当したときに、はじめて協業させていただきました。そういった伝統と革新の融合が、私も大好きなヨウジヤマモトとの仕事等にもつながっているんですね。
承龍 息子に同じ名前をつけるぐらい昔からファンで(笑)。人を介して知っていただいて「うちの世界観を波戸場さんなりに表現してください」と依頼を受けました。そこでコブラや蠍などを描いたら2019の秋冬コレクションの36体中26体に取り入れていただいて、長年の夢がかないましたね。石黒さんと同じく、今日私たち親子が着ているのも今季のヨウジです。
耀次 ほかにもスワロフスキーで家紋をあしらった合財袋や世界的なイタリアブランドFURLAの創業90周年バッグを手掛けたり、いまは多彩な依頼をいただいています。
石黒 素晴らしいですね。家紋はそのままだとオーセンティック過ぎるイメージですが、波戸場さんのアウトプットのエッセンスがすごく絶妙で、ファッション界の第一線のところから声が掛かるのはアーティスティックなセンスが光っているからだと思います。
承龍 ありがとうございます。常に“これまでにない表現”を意識していますが、2018年4月にも表参道のギャラリーで三次元の家紋作品を展示したり、今後も驚いてもらえる家紋を世に出していきたいですね。
耀次 そういった発信をすることで、逆に手描きの依頼も増えているのがおもしろいです。
石黒 原点回帰にもつながっている。円と直線だけでここまで豊かな表現ができるのは、まさに日本ならではの高技術ですね。
文=藤谷良介 写真=林 和也
2019年12月号 特集「人生を変えるモノ選び。」
《HANEDAの未来》
1|羽田空港の「場」を活用し、日本の魅力を発信
2|アートによる魅力づくり&環境づくり
3|職人の複製技術を活用し、文化財の魅力を世界へ
4|日本の豊かなものづくりを空港で魅せる
5|地域が誇れる酒を安定して供給する使命
6|瀬戸内国際芸術祭でアートの本質を再発見
7|伝統工芸の技法をファッションの世界へ
8|丹後本来の魅力は人々の暮らしの中に
9|発酵なくしてラーメンなし!
10|デザインとしての家紋が新しい価値をつくる