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銀座《スタア・バー》の岸 久が語る、
世界のバーを変えたNINJA ICE®とは?
後編|自ら天然氷のつくり手へ

2026.8.6
銀座《スタア・バー》の岸 久が語る、<br>世界のバーを変えたNINJA ICE®とは?<br><small>後編|自ら天然氷のつくり手へ</small>

氷は、バーにおける「もうひとつの主役」だ。その可能性を世界へ示してきたのが、「スタア・バー」を率いるバーテンダー、岸 久きし ひさしさんである。氷は脇役といった常識を覆し、日本のみならず世界のバーに新たな価値観をもたらした。磨き抜かれた一杯を追求する彼は、いま自ら天然氷づくりにも挑んでいる。日本のバー文化を変えてきた、氷の哲学に迫る。

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氷のグラスの中で果たす
“役割”を考える

近年、SNSでは個性的な氷が注目を集める。しかし岸さんは、氷単体の造形美に価値を置いていない。グラス、酒、氷の3つが一体となって、はじめてグラスの中に「空間」が完成すると考えている。

「NINJA ICE NEGRONI」2500円。ジン、カンパリ、スイートベルモットという甘み・苦み・アルコール感という強い個性を放つ3つの液体が、天然氷と岸さんのステアの技術によって、完璧な調和に導かれる名作。「氷から溶け出す水分は、素材同士を一時的につなげる触媒」という哲学を体感できる

それは、氷の役割にも表れている。氷は単に飲み物を冷やし、適度に薄める存在ではない。溶け出した水分が酒と酒を馴染ませ、味を丸く整える“触媒”の役割があるという。
「ウイスキーは、樽の中で熟成することで香りがつながっていくでしょう。氷のから溶け出すわずかな水も、近い役割をしているんです。いい氷は、すべてを一時的につなげてくれます」

だからこそ、溶けない金属製やセラミック製の氷では本来のカクテルの味にはならない。わずかに溶ける水こそが、味を完成へ導く重要な要素なのだ。

氷を削る岸さん

岸さんは、氷を切る際にも「精度」を徹底的に追求する。使うのは、日本の鋼の片刃包丁。岸さんが裏面を真っ平らに研ぎならした和包丁だ。
「氷って硬そうに見えますけど、水ですから。大事なのは、刃がどう引っかかるかなんです」

海外製のナイフのような両刃ではなく、日本の片刃だからこそ氷に理想的な角度で入る。刃先が1㎜狂うだけで感覚が変わるため、自ら研ぎも行う。まるで寿司職人や料理人のような世界だ。

ステンレスは使わず、すべて鋼製の片刃の包丁。右端の一番小さなものは、愛用して32年

日本のバーを牽引してきた愛氷家
自ら天然氷のつくり手に

岸さんは現在、用途に応じて3種類の氷を使い分ける。ひとつは、純氷と呼ばれる専門店の氷。結晶が縦方向に揃い、アルコールの力強さを残しやすく、シェイクするカクテルに向くという。ふたつ目は、京都の「洛氷」。京都の水質のよさに惹かれて氷雪製造許可を得て、スタア・バー京都店の店内に特殊な対流式製氷機を設置。水を回しながら練るように凍らせていくため練り氷と名づけられた。完全に凍るまでに5日間を要する。結晶の向きが複雑で、口当たりは純氷と天然氷の中間的な印象になる。そして3つ目が、岸さん自身が長野県蓼科山で採氷を手掛ける天然氷「御泉」だ。

自ら採氷をする岸さん

天然氷との出合いは、約37年前に訪れた秩父だった。当時すでに、温暖化による氷づくりへの影響が語られていたという。
「職人たちが、このままだと氷ができなくなると真剣に話していたんです」

彼らの言葉が長く胸に残った。そしてコロナ禍の時間を使い、岸さんは理想の水と寒さを求めて各地をめぐる。たどり着いたのが、長野県立科町。御柱祭の木を切り出す神聖な山の近くに、500年にわたって守られてきた水源があった。ここなら、本当にいい天然氷ができると確信した。

だが、国定公園内での採氷には厳しい規制があった。行政との交渉、膨大な申請書類、資金調達。補助金申請書を自ら作成し、地元の人々の協力を得ながら、ようやく採氷へ漕ぎ着けた。

天然氷「御泉」の現場。標高の高い地での天然氷製造は、岸さんの地球温暖化への危機感をきっかけに、地域住民と一体となって実現させた取り組み。水は、由緒ある太古の水源から引いており、特殊なメッシュを張るなど独自の工夫を凝らす。厚さ15㎝を理想として採氷する

天然氷は、冬の寒さだけを利用してゆっくり育てる。表面から1日1㎝ほど、約2週間かけて凍らせていく。
「天然氷は、結晶がものすごく大きいんです」

純氷に比べ、結晶は10倍以上。だからアルコールの角が取れ、味が驚くほどまろやかになる。ロックやハイボールで、その違いは顕著に表れるという。

スタア・バーでは、氷の状態を保つために4台の冷凍庫を使い分けている。保存用、切り出し用、営業直前用。それぞれ温度帯を変え、氷に急激な温度変化が起こらないよう細かく管理する。氷に液体を注ぐ際、ヒートショックで氷が割れてしまうことがないよう、営業中は状態を見ながら氷を削り、整え、最適なタイミングで使う。そのオペレーションは、まさに職人仕事だ。

世界が高く評価する日本のバー文化

日本のバー文化は、海外からも高く評価されている。岸さんの氷づくりは、海外メディアやSNSで「NINJA ICER(忍者アイス)」とも呼ばれ、多くのバーテンダーがまねをしている。
「日本のバーは、氷そのものではなく、氷と酒の関係性をすごく大事にしてきた文化なんです。氷の技術しかり、氷を配達してくれるシステムもすごいでしょ。純氷を切り出して配達してくれる専門店があちこちにあるなんて、世界的に見ても類がないでしょう」

岸さんは、カクテルづくりを「湯加減みたいなもの」だと話す。強過ぎず、弱過ぎず、違和感なく身体に入っていく。その心地よさを生み出すために、氷は存在している。主役をじゃませず、それでいて絶対に欠かせない存在。静かに寄り添いながら、一杯の完成度を支えている。

グラスの中で透き通る氷を見つめながら、岸さんはいまも問い続けている。本当に美味しい一杯とは何か……。その答えはきっと、氷の中にある。

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東京ミッドタウン日比谷にある日比谷店では、毎年7~8月の期間限定で、昼から天然氷を贅沢に使ったかき氷を提供。氷そのものの澄んだピュアな水質と口溶けを堪能できる

スタア・バー ギンザ
住所|東京都中央区銀座1-5-13
Tel|03-3535-8005
営業時間|17:00〜23:30
定休日|なし

スタア・バー ヒビヤ
住所|東京都千代田区有楽町1-1-2東京ミッドタウン日比谷 3F
Tel|03-6206-1560
営業時間|17:00〜23:00、
土・日曜、祝日15:00〜23:00
定休日|月曜、第1・3火曜
www.starbar.jp

世界のバーを変えたNINJA ICE®
01|氷と向き合い続けた岸 久の原点に迫る
02|自ら天然氷のつくり手へ

text: Yumiko Numa photo: Satoshi Inokuchi
2026年7月号「納涼、しましょ。」

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