建築家・堀部安嗣の自邸
前編|生身の人間だけが感じる
「住環境の心地よさ」とは?
アルヴァ・アアルトの「夏の家」しかり、古今東西の建築家の自邸といえば、自らの思想をかたちにし、「これからの住宅のありよう」を探るための、実験住宅としての存在意義をもつものだ。堀部安嗣さんが自邸を建てる中で試みたこととは?神奈川県葉山町に、その住まいを訪ねた。
堀部安嗣(ほりべ やすし)
建築家。1967年、神奈川県横浜市生まれ。1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2016年、「竹林寺納骨堂」で日本建築学会賞(作品)を受賞。近刊に『別冊太陽スペシャル 建築家 堀部安嗣 人と自然のあいだに、ずっとあるもの』(平凡社)がある。
プロの二人のこだわりが
細部まで詰まった自邸

建築家の堀部安嗣さんと、妻で所員でもある美奈子さん。二人が設計した自邸は、母屋と離れの2棟からなる木造平屋建てだ。母屋の玄関を入ると居間と台所があり、居間からつながる半戸外のサンルームは、ルーバー状の天井からもたっぷりの光が満ちる。対照的に、居間は濃い焦げ茶の板壁でほの暗く、「ちょっと森の中にいるみたいでしょう」と美奈子さん。

居間の椅子に腰掛けてサンルームを見ると、大きな開口部いっぱいに離れの瓦屋根と山並みの風景が広がり、庭の水盤に滴る水の音が絶えず耳に届く。家に包まれながら間近にある自然に親しむ……。それはなんて穏やかな、満ち足りた心地よさなのだろう。

借景を見事に切り取る
離れの屋根は丸瓦と平瓦を葺いたもので、神社仏閣にはよく使われるが、住宅には珍しい。「悠久の時間が流れるようで、ゆったりした気持ちになりますよ」と安嗣さん
南側に少し下がった傾斜地に、ともに平屋である母屋と離れを、庭を挟んで建てる。この土地をはじめて見たとき、安嗣さんはすぐそんなプランがひらめいたそうだ。離れを低い土地に配し、地下に半分埋めるように建てることで、母屋からは「離れの瓦屋根が切り取る風景」を望めるという寸法だ。
「基本設計は僕がやって、それからは二人で取っ組み合いですよ」

安嗣さんはそう冗談めかして言うけれど、かれこれ20年以上にわたってともに仕事をしてきた二人だから、目指す家のありように大きな相違はなかった。収納を美しく収めるといった細やかな設計には、美奈子さんが存分に手腕を振るったという。
生身の人間だけが感じられる、
「住環境の心地よさ」を求めて

東京に事務所と賃貸マンションを残しつつ、暮らしの軸足をこの家に移してから、季節は早ひとめぐりした。所員が通ってきて仕事をする日もあれば、施主や工務店の担当者などが打ち合わせに訪れることもしばしば。すなわち「二人の家」というよりは「いろんな人が訪れて長く過ごしていく家」であり、そうしてこの家を味わってもらうことこそが、自邸を設計して建てた大きな意義だと夫妻は話す。

「これからの時代、多くの設計の仕事はAIに取って代わられていくと思うんですよ。それはつまり、『映える』と言われるような、ビジュアルに重きを置いた設計ということですが」と、安嗣さんはドキッとすることを言う。
「けれども、生身の人間だけが感じられる『住環境の心地よさ』は絶対にあるはずで。床板の足触りやほのかな温かみ、肌をなでる風の涼しさ。木の匂いや音の響きもそうですね。この家では、そうした感覚に訴えかける設計を重視し、自分たちで体験したり人に体験してもらったりすることで、今後の仕事に生かしたいと思ったんです」
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あるものを生かし、永く生き続ける家をつくる
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text: Shiori Kitagawa photo: Maiko Fukui
2026年3月号「訪ねる建築 暮らす建築」
































