東京・谷中に佇む《花重本店》の
木造建築の魅力に迫る
|恒松祐里と倉方俊輔の空間探訪①
木造家屋が点在し、風情ある街並みが残る東京・谷中に佇む老舗生花店「花重本店」。歴史的な建物と生業を未来につないでいくためにカフェを併設し、地域に開かれた場所としてリノベーション。変貌を遂げた木の空間の魅力を、建築史家・倉方俊輔さんと俳優・恒松祐里さんがひも解いた。
建築史家・倉方俊輔(くらかた しゅんすけ)
大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築イベント「東京建築祭」の実行委員長を務めるなど、建築の価値を社会に伝える活動を行う。『建築を楽しむ教科書』(ナツメ社、9月刊行)、『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)など著書多数。
俳優・恒松祐里(つねまつ ゆり)
『ひとりでしにたい』、『ガンニバル シーズン2』、『きさらぎ駅 Re:』、『全裸監督 シーズン2』など、数々の話題作に出演。映画『消滅世界』が今秋公開予定。アミューズの新人俳優発掘オーディション「私が撮りたかった俳優の原石展」のアンバサダーを務める。
歴史を未来につなぐ
リノベーションのかたち

恒松 「花重本店」さんの中は木の温もりがあって懐かしいけれど、現代的でもあり、不思議な空間ですね。どんな経緯で生まれ変わったのですか?
倉方 創業は1870(明治3)年の花屋さんで、正面の建物は1877(明治10)年築の登録有形文化財です。3代目店主はフロリスト養成学校を設立するなど花産業の近代化に貢献した人で、歴史ある建物を引き継いでほしいと願っていたそうです。その思いを酌んだ地元企業が4代目の中瀬いくよさんをサポートし、NPO法人「たいとう歴史都市研究会」に、当時8棟あった建物の調査を依頼。すると生花店奥の建物は大正から昭和にかけてつくられたもので、さらに生花店の隣にあった作業場は江戸時代の長屋だったことが判明しました。増改築を繰り返して成り立っていたわけです。
恒松 江戸時代! おもしろいですね。

倉方 そして8棟のうち4棟を残し、建物と生花店を継続していくために、地域住民や観光客が憩える場としてカフェをつくることにしたそうです。単に昔の姿に復元するのではなく、ソフトとハードの両面を現代的にアップデートした点が、歴史的な木造建築の活用方法として稀有な例だと言えます。
恒松 珍しいんですね。そもそも登録有形文化財などの木造建築の改修って、難しいのでしょうか?
倉方 最近でこそ木が見直されていますが、戦後は火に弱い木はできる限り廃止しようという流れでした。特に都市部は木造の改修は制約が厳しいのですが、最近は法律が緩和されつつある状況です。古い木材を補修して生かすリノベーションは一見地味ですが、環境にやさしいし、広めていくべき試み。登録有形文化財の場合、外観は大幅に変えられませんが、内観は変えることができる。ここも外観は復元しつつ、中は最先端デザインで格好いいでしょう。台東区に事務所を構える地元の建築家「MARU。architecture」が設計を手掛けているのですが、一流の建築家やデザイナーが改修にかかわっていることも画期的だと思います。
時空を超えて大切なものをつなぐ
どこか懐かしい温もりのある空間

恒松 カフェの席から外を眺めた際にグラデーションがなめらかというか、急に切り替わる感じがしないところがすごいなと思いました。
倉方 それこそ設計者の狙いで、日本建築を現代的に解釈した部分でしょう。石やれんがを積む西洋建築は内と外の境界が明確ですが、日本の木造建築は軒や縁側などがあり、ゆるやかに外へつながっていく。せり出したテラスはかたちこそ新しいけれど、軒のような役割で、人が受ける感覚としては伝統的な日本建築と共通しています。
恒松 テラスのフレームが木の幹のように見えるところもすてきです。
倉方 フレームは無垢の鉄製で自然に錆びていくんですよ。鉄工所に特注した6㎝角の細い鉄骨は伝統木造建築の継手のように精緻で、軽やかな空間を生み出している。古い木の魅力がおぼろげにならないように、あえて鉄を合わせることで時間の経過を引き立て、ハーモニーを奏でているんです。

恒松 ほかにこの空間の魅力を知るために、どこに注目すればいいですか?
倉方 根継ぎを見てください。柱は湿気で根元から腐っていくので、駄目になった部分を切って、新しい木材に取り替えるという職人技です。欠けたうつわを金継ぎしたり、ほつれた着物に当て布をしたり、直しながら使っていくことは日本の伝統といえます。脆いからこそ長く使おうとする日本文化が建築にも表れていて、補修した部分も含めて美しさがあるのです。
恒松 歴史が見えてくるようです。
往時の大工の心意気に想いを馳せ
未来へ向けたバトンをつなぐ

倉方 吹き抜けになっているカフェももともとは天井や鴨居、欄間、襖があったものが取り払われて、いまは柱のほぞ穴まで見える状態になっている。昔から使い続けてきた時間の痕跡をさらけ出しても美しいというのはすごいと思います。柱をよく見るとチョウナで削った跡や柱の位置を記した番付などの大工の技も残っていて、つくるプロセスが見えることもおもしろい。
恒松 当時の大工さんも、自身の技がこんなに日の目を見るとは、びっくりしているでしょうね(笑)。
倉方 そうなんです。こういう木造の建物は宮大工が手掛けたわけではないけれど、名もなき大工の誠実な職人技が見える。リノベーションするときにはじめてわかることも多く、たとえば曲がった梁をうまく活用するといった工夫に、いまの設計者やつくり手は感心するし、自分ならどうするだろうかと対話している気分にもなりますね。

恒松 いままで漠然とすてきだなと見ていた建築も、いろんな工夫や物語があることに気づくと、映画を観ているような感動があります。リノベーションは時を超えたバトンタッチですね。
倉方 それができるのも手仕事の痕跡がありありと刻まれる木だからこそ。普段は見えない部分に注目してみると、ほかの建築もこんな風に支えられているのかなと想像が膨らみます。
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花重本店
住所|東京都台東区谷中7-5-27
Tel|03-5834-8729
営業時間|9:00~16:30
定休日|火曜、第4水曜
https://hanaju.co.jp
花重谷中茶屋
Tel|080-4348-7912
営業時間|10:00~17:00 (不定期でBAR営業)
定休日|火曜、第4水曜
www.instagram.com/hanaju_yanaka_chaya

建築データ
敷地面積|329.58㎡
建築面積|134.97㎡
延床面積|193.11㎡
構造|木造(既存部)、鉄骨造(新設部)
設計・監理|MARU。architecture/高野洋平、森田祥子、諸星佑香
構造設計|既存部/川端建築計画、新設部/テクトニカ、東京藝術大学 ランドスケープデザイン|SfG landscape architects
家具デザイン|藤森泰司アトリエ
照明デザイン|加藤久樹デザイン事務所
施工|ヤマムラ(既存部)、雄建工業・紀陽工作所・ビーファクトリー(新設部)、アゴラ造園(外構)
用途|生花店・カフェ
リノベーション竣工|2023年
text: Rie Ochi photo: Maiko Fukui, Takuya Seki hair&make-up: Asuka Fujio stylist: Marie Takehisa
衣装協力=Maison Kitsuné、norme、four seven nine
2025年9月号「木と生きる2025」



































