HOTEL

香川県・直島町《直島旅館 ろ霞》
アートの島に誕生した人々の交流を生む旅館

2022.10.31
香川県・直島町《直島旅館 ろ霞》<br><small>アートの島に誕生した人々の交流を生む旅館</small>

瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島。3年に一度開催される瀬戸内国際芸術祭の舞台でもあり、この小さな島を目がけて世界中からアート好きが訪れる。これまで直島にはホテルや民宿、ゲストハウスといった宿泊施設があったが、今回待望のラグジュアリーで本格的な旅館が誕生。旅好きな大人たちが、定宿にしたくなる宿とは?

現代的な旅館の「和」を表す
アートが溶けこむリラックス空間

広々とした露天風呂、テラスを備えた106㎡の「ろ霞スイート」は、5名まで宿泊可。直島の自然を感じながら、ゆったりと流れる島時間を過ごすことができる

岡山県宇野港から約20分、または香川県高松港から約50分。瀬戸内海の多島美の絶景を眺めながらフェリーに揺られると、直島の玄関口である宮浦港に到着する。草間彌生さんの作品『赤かぼちゃ』の歓迎を受け、この港から8分ほど車を走らせた直島の中心部に、2022年4月「直島旅館 ろ霞」が誕生した。

これまで直島にあったのはホテルや民宿、ゲストハウスといった宿泊施設のみで本格的な旅館はなかった。岡山県湯郷温泉で旅館「季譜の里」を営むオーナーの佐々木慎太郎さんは、「世界中からゲストが訪れる島で日本のおもてなしの文化に触れてもらいたい」と、あえて旅館のスタイルを採用。客室露天風呂付き、和のしつらえを重視した空間づくり、畳に布団マットレスというスタイルなど、温泉旅館の様式をモダンに進化させた全11室のゲストルームが完成した。

彫刻家・名和晃平さんの『Ether#80』が印象的な庭園。多様な日本のいまを表現するため、枯山水と30種以上の植物を組み合わせたモダンな現代版日本庭園を完成させた

館内には、現代アーティストの作品が随所に展示されている。アートプロデュースは、精力的に現代アートの情報を発信している京都芸術大学教授の後藤繁雄さんが担当。国内の若手現代アーティストの発信拠点として、アートプログラムなども開催していく予定だという。11室ある客室にも作品が飾られているが、これらは客室のための描き下ろし作品で、購入も可能。定期的に新作を発表する場としても機能させている。リラックス空間で愛でる作品は美術館での鑑賞とはまた違って、日常に溶け込んでいくような魅力がある。アートとの距離も、より近く感じられる。

敷地奥に広がる山林を借景とした平屋の建築、枯山水など日本庭園の要素をモダンに取り入れた庭など、旅館そのものがアートといえる空間で最も特徴的なのは、レストラン棟と宿泊棟の間に設けられた囲炉裏の存在だ。佐々木さんは大学卒業後に2年間かけて33カ国を回った経験をもつ。旅先では、焚き火や囲炉裏を囲んで旅行者同士が集う経験が幾度となくあったそう。

カフェ・バーの壁面を飾るのは、品川亮さんの『四季花鳥図』。オープン当初客室内を彩った品川さんの作品は抽選販売の後、完売に

「インドではお寺にグルと呼ばれる人がいて、薪をくべた囲炉裏でチャイを振る舞ってくれました。グルはみんなの話を聞いているから、村の人の悩み相談をなんでも解決してしまう。僕も1カ月くらいお世話になりました。自分でも、囲炉裏のある小屋を借りてまねごとをしたりしました。こういった経験が楽しく、今回、アート好きなゲスト同士が集まって会話を楽しめる囲炉裏がある宿をつくろうと考えました」

無量楽庵と名づけられた屋外の囲炉裏でも日暮れから薪をくべ、ゲストを佐々木さんがお茶でもてなしてくれるという。旅人同士が火を眺めながら場をともにするひとときは、掛け替えのない体験になりそうだ。

囲炉裏端で茶を淹れる佐々木さん。囲炉裏のスペースは、佐々木さんがインドで授かった名前にちなみ「無量楽庵」と名づけられた。庵にかかる看板に書かれた「無量楽庵」の文字は書家の紫舟さんが書いたもの

旅館の寛ぎと
一期一会を両立

空間がシームレスにつながる客室
寝室、リビング、露天風呂、テラスが、ガラス戸を挟んでひと続きになっているデラックススイート。ガラス戸を開ければ、野趣あふれる庭を眺めながら、開放感的に露天風呂を堪能できる
寝室はベッドと布団のいいところ取り
寝室は、畳の上に厚手のマットレスを重ねた布団マットレスというスタイル。ベッドの快適な寝心地を得られながら、ベッドよりも高さが抑えられ、室内の圧迫感はなし。国内外のゲストを包み込む

客室はすべてスイートタイプ。全11室が長屋のように連なっているつくりで、室内のプライベートはしっかり保たれているが、回廊に各部屋から柔らかな明かりがこぼれる様子などから気配を感じることができる。レストランへ向かう夕食時などにも、ゲスト間のコミュニケーションが生まれそうだ。

クラフト温泉の愉しみも
部屋には、系列の旅館がある岡山・湯郷温泉の天然成分を濃縮したクラフト温泉入浴液を用意。チェックインからアウトまで湯の温度もキープできるので、いつでも好きなタイミングで湯郷温泉の湯を楽しめる
瀬戸内生まれのアメニティ
スキンケアは岡山県の「無添加工房OKADA」のもの。赤ちゃんから使える精製オリーブオイル石けん(持ち帰り可)以外は環境にも配慮しボトルで提供。ロゴ入りタオルは肌触りが優れた今治タオル
枯山水を借景に寛ぎのひとときを
ランチ、カフェ、バーと時間帯によってさまざまなメニューが楽しめる「moya」。カウンター席は、現代版枯山水を望む特等席。アートブックやオリジナル商品を購入できるショップも併設

土、石、紙を用いてモダンに仕上げたレストランでは、「五味一風」をコンセプトにした瀬戸内料理がいただける。味の基礎となる5つの要素(甘・塩・酸・苦・旨味)を大切に、食の宝庫である瀬戸内の食材を贅沢に使用。裏庭で育てた野菜も取り入れ、ここでしか食べられない会席料理や寿司会席を提供。料理長の牧嶋優治さんと支配人の市川大輔さんはともに京都の宿で腕を振るっていた料理人で、瀬戸内の食材に魅了されて直島へやってきた。市川さんは、「これまでいた京都や東京でも欲しい食材を全国から入手できましたが、瀬戸内では欲しい食材が現地にあり、鮮度は桁違いです。その新鮮さを料理長の創作料理で味わっていただきたい」と語る。魚介だけでも400種以上が生息する瀬戸内だけに、季節ごとの演出に期待が高まる。

次はどんな食に、アートに、そして旅を愛する仲間に出会えるだろう。胸を高鳴らせて何度も足を運びたくなる宿。これからの進化が楽しみだ。

薬酒・薬膳酒協会監修の薬酒カクテルも
カフェ・バーの店内にはラベンダーやコリアンダーなどさまざまな植物やフルーツをウォッカやラムに漬けた薬酒がずらりと並ぶ。エナジー、ビューティなど機能別に配合されたドリンクも用意
五感で味わうレストラン
レストランはモダンで研ぎ澄まされた空間ながら、カウンターのゆるやかなカーブと和紙の風合いが柔らかな印象を与える。和紙はハタノワタルさん、壁面に飾られた写真は名和晃平さんの作品

五味一風の瀬戸内料理
目も舌も満足させる会席料理

京都の一流料亭で腕を磨いた料理長の牧嶋さんが中心となり、一品一品丁寧につくられる。ワイン、日本酒、ノンアルコールのペアリングもおすすめ。それぞれ4種4800円というカジュアルな設定もうれしい。

八寸。鯖寿司や蛸の柔らか煮、ガラ海老のかき揚げ、穴子八幡巻といった魚介の品々に、秋を感じさせる栗や柿、カボチャの黄色が彩りを添える
土鍋で炊いたカマスと栗の御飯。脂ののったカマスの香ばしさとふっくらした身、栗の食感と甘さが賑やかに広がる。会席は全10品以上

瀬戸内の幸を堪能!
寿司会席全品紹介

1日限定9食の寿司会席。握りに加えて肉、変わり寿司などバリエーション豊富な寿司が楽しめる。シャリは、香川県産米に深い旨みをもつ赤酢などを合わせている。小ぶりなのでワインや日本酒のアテとしても優秀。

この日の先付は、いちじくの煎り出汁。いちじくは、青唐がらしや紅葉おろしの辛み、ネギのフリットの食感が加わってキレよくいただける
変わり寿司には、カワハギの握りを。肝醤油だけでなく、ピクルスにしたマスカットの酸味が爽やかにマッチ。香り高い泡や白ワインとともに
お椀は、渡りガニの中秋仕立て。満月に見立てた大根に、渡りガニの身や菊の花を散らしたあんをかけている。青ユズの皮の苦みもほどよいアクセント
握りの皿第1弾は、和歌山の本マグロの赤身と中トロ。赤身は燻製醤油入りのたれで漬けにしてある。赤酢のシャリとの相性も抜群
秋に美味しいほっくりとした食感の根菜類をシンプルに寄せた、カボチャ、小芋、ゴボウの炊き合わせ。木の芽の香りを添えていただく
瀬戸内らしい握りは、右上から時計回りにサワラ、アマテカレイ(マコガレイの瀬戸内の呼び名)、鯖、カマス。それぞれ異なる薬味と味つけで
岡山県奈義町のなぎビーフの肉寿司。霜降りと赤身のバランスがよく、肉本来の豊かな風味をもつ牛をたたきで。薬味はネギとショウガでさっぱり
強肴の皿には、太刀魚と秋ナスをセレクト。岡山の名産・黄ニラの特製ソースとマイルドパクチーの香りがオリエンタルな味わいに仕上げる
牛肉、マグロ、大葉を巻き、自家製からすみのパウダーを上からかけた巻寿司。ご飯物として、カステラを思わせる卵焼きと味噌汁と一緒に
デザート1品目は、南瓜のモンブラン。中には、スポンジ生地と食感を残したカボチャ、ペーストにしたカボチャが入る。甘さがちょうどいい
最後はいちじくのアイスで、瀬戸内料理が完成。瀬戸内は魚介や肉、野菜にとどまらず生産されるフルーツの種類が多くデザートにも事欠かない

朝食は和と洋からチョイス

魚や卵焼き、郷土料理の小鉢など少しずついろいろな“ご飯のお供”が盛られた和食。土鍋ごと持ってきてくれる炊きたてのご飯がどんどん進む
シャルキュトリは、岡山の老舗「肉のクマザワ」のものをたっぷりと。鶏ハムやピクルス、野菜スープは自家製。連泊して和洋を食べ比べたい

直島旅館 ろ霞
住所|香川県香川郡直島町1234
Tel|087-899-2356
客室数|11室
料金|2名1室・1名あたり 1泊2食付4万2000円~(税込)
IN|15:00
OUT|11:00
カード|AMEX、DINERS、JCB、Master、VISAなど
夕食|和食(レストラン)
朝食|和食、洋食(レストラン)
アクセス|直島・宮浦港から送迎車で約8分
施設|レストラン、カフェ・バー
 
 

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text: Akiko Yamamoto photo: Shinsuke Matsukawa
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