香川県・直島町《直島旅館 ろ霞》
アートの島に誕生した人々の交流を生む旅館
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瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島。3年に一度開催される瀬戸内国際芸術祭の舞台でもあり、この小さな島を目がけて世界中からアート好きが訪れる。これまで直島にはホテルや民宿、ゲストハウスといった宿泊施設があったが、今回待望のラグジュアリーで本格的な旅館が誕生。旅好きな大人たちが、定宿にしたくなる宿とは?
現代的な旅館の「和」を表す
アートが溶けこむリラックス空間
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岡山県宇野港から約20分、または香川県高松港から約50分。瀬戸内海の多島美の絶景を眺めながらフェリーに揺られると、直島の玄関口である宮浦港に到着する。草間彌生さんの作品『赤かぼちゃ』の歓迎を受け、この港から8分ほど車を走らせた直島の中心部に、2022年4月「直島旅館 ろ霞」が誕生した。
これまで直島にあったのはホテルや民宿、ゲストハウスといった宿泊施設のみで本格的な旅館はなかった。岡山県湯郷温泉で旅館「季譜の里」を営むオーナーの佐々木慎太郎さんは、「世界中からゲストが訪れる島で日本のおもてなしの文化に触れてもらいたい」と、あえて旅館のスタイルを採用。客室露天風呂付き、和のしつらえを重視した空間づくり、畳に布団マットレスというスタイルなど、温泉旅館の様式をモダンに進化させた全11室のゲストルームが完成した。
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館内には、現代アーティストの作品が随所に展示されている。アートプロデュースは、精力的に現代アートの情報を発信している京都芸術大学教授の後藤繁雄さんが担当。国内の若手現代アーティストの発信拠点として、アートプログラムなども開催していく予定だという。11室ある客室にも作品が飾られているが、これらは客室のための描き下ろし作品で、購入も可能。定期的に新作を発表する場としても機能させている。リラックス空間で愛でる作品は美術館での鑑賞とはまた違って、日常に溶け込んでいくような魅力がある。アートとの距離も、より近く感じられる。
敷地奥に広がる山林を借景とした平屋の建築、枯山水など日本庭園の要素をモダンに取り入れた庭など、旅館そのものがアートといえる空間で最も特徴的なのは、レストラン棟と宿泊棟の間に設けられた囲炉裏の存在だ。佐々木さんは大学卒業後に2年間かけて33カ国を回った経験をもつ。旅先では、焚き火や囲炉裏を囲んで旅行者同士が集う経験が幾度となくあったそう。
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「インドではお寺にグルと呼ばれる人がいて、薪をくべた囲炉裏でチャイを振る舞ってくれました。グルはみんなの話を聞いているから、村の人の悩み相談をなんでも解決してしまう。僕も1カ月くらいお世話になりました。自分でも、囲炉裏のある小屋を借りてまねごとをしたりしました。こういった経験が楽しく、今回、アート好きなゲスト同士が集まって会話を楽しめる囲炉裏がある宿をつくろうと考えました」
無量楽庵と名づけられた屋外の囲炉裏でも日暮れから薪をくべ、ゲストを佐々木さんがお茶でもてなしてくれるという。旅人同士が火を眺めながら場をともにするひとときは、掛け替えのない体験になりそうだ。
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旅館の寛ぎと
一期一会を両立
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寝室、リビング、露天風呂、テラスが、ガラス戸を挟んでひと続きになっているデラックススイート。ガラス戸を開ければ、野趣あふれる庭を眺めながら、開放感的に露天風呂を堪能できる
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寝室は、畳の上に厚手のマットレスを重ねた布団マットレスというスタイル。ベッドの快適な寝心地を得られながら、ベッドよりも高さが抑えられ、室内の圧迫感はなし。国内外のゲストを包み込む
客室はすべてスイートタイプ。全11室が長屋のように連なっているつくりで、室内のプライベートはしっかり保たれているが、回廊に各部屋から柔らかな明かりがこぼれる様子などから気配を感じることができる。レストランへ向かう夕食時などにも、ゲスト間のコミュニケーションが生まれそうだ。
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部屋には、系列の旅館がある岡山・湯郷温泉の天然成分を濃縮したクラフト温泉入浴液を用意。チェックインからアウトまで湯の温度もキープできるので、いつでも好きなタイミングで湯郷温泉の湯を楽しめる
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スキンケアは岡山県の「無添加工房OKADA」のもの。赤ちゃんから使える精製オリーブオイル石けん(持ち帰り可)以外は環境にも配慮しボトルで提供。ロゴ入りタオルは肌触りが優れた今治タオル
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ランチ、カフェ、バーと時間帯によってさまざまなメニューが楽しめる「moya」。カウンター席は、現代版枯山水を望む特等席。アートブックやオリジナル商品を購入できるショップも併設
土、石、紙を用いてモダンに仕上げたレストランでは、「五味一風」をコンセプトにした瀬戸内料理がいただける。味の基礎となる5つの要素(甘・塩・酸・苦・旨味)を大切に、食の宝庫である瀬戸内の食材を贅沢に使用。裏庭で育てた野菜も取り入れ、ここでしか食べられない会席料理や寿司会席を提供。料理長の牧嶋優治さんと支配人の市川大輔さんはともに京都の宿で腕を振るっていた料理人で、瀬戸内の食材に魅了されて直島へやってきた。市川さんは、「これまでいた京都や東京でも欲しい食材を全国から入手できましたが、瀬戸内では欲しい食材が現地にあり、鮮度は桁違いです。その新鮮さを料理長の創作料理で味わっていただきたい」と語る。魚介だけでも400種以上が生息する瀬戸内だけに、季節ごとの演出に期待が高まる。
次はどんな食に、アートに、そして旅を愛する仲間に出会えるだろう。胸を高鳴らせて何度も足を運びたくなる宿。これからの進化が楽しみだ。
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カフェ・バーの店内にはラベンダーやコリアンダーなどさまざまな植物やフルーツをウォッカやラムに漬けた薬酒がずらりと並ぶ。エナジー、ビューティなど機能別に配合されたドリンクも用意
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レストランはモダンで研ぎ澄まされた空間ながら、カウンターのゆるやかなカーブと和紙の風合いが柔らかな印象を与える。和紙はハタノワタルさん、壁面に飾られた写真は名和晃平さんの作品
五味一風の瀬戸内料理
目も舌も満足させる会席料理
京都の一流料亭で腕を磨いた料理長の牧嶋さんが中心となり、一品一品丁寧につくられる。ワイン、日本酒、ノンアルコールのペアリングもおすすめ。それぞれ4種4800円というカジュアルな設定もうれしい。
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瀬戸内の幸を堪能!
寿司会席全品紹介
1日限定9食の寿司会席。握りに加えて肉、変わり寿司などバリエーション豊富な寿司が楽しめる。シャリは、香川県産米に深い旨みをもつ赤酢などを合わせている。小ぶりなのでワインや日本酒のアテとしても優秀。
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朝食は和と洋からチョイス
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直島旅館 ろ霞
住所|香川県香川郡直島町1234
Tel|087-899-2356
客室数|11室
料金|2名1室・1名あたり 1泊2食付4万2000円~(税込)
IN|15:00
OUT|11:00
カード|AMEX、DINERS、JCB、Master、VISAなど
夕食|和食(レストラン)
朝食|和食、洋食(レストラン)
アクセス|直島・宮浦港から送迎車で約8分
施設|レストラン、カフェ・バー
text: Akiko Yamamoto photo: Shinsuke Matsukawa
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