前へ歩み続けるための「福岡移住」という選択
物流やネットワークの進化により、テレワークや多拠点生活など暮らす場所の制約がなくなりつつあるいま、地方への移住を検討する人は確実に増えている。Uターン、Iターンのほか、故郷に近い地方都市に移住するJターンなど、多様な移住のかたちが存在するが、大切なのは、移住先で何をしたいかという想い。暮らしやすさはもちろん、活躍の場をつくるという意味でも福岡は広域にわたり、その可能性を多く秘めたエリア。今回、福岡県の北九州地域と筑豊地域にUターン移住をして活躍する2人に、移住事情とともに自身が関わる地域の魅力についてうかがった。
安部雄一郎(あべ ゆういちろう)
1985年、福岡・築上町生まれ。漬物店「奈良漬さろん安部」の2代目、専務取締役。ワインソムリエ。大学卒業後、国内大手のワインメーカー「メルシャン」に就職し、約10年勤務。33歳で故郷へ戻り、家業を継ぐことを決意。ソムリエとしての知見を生かし、奈良漬をベースにしたオリジナリティあふれる商品を開発する。
築上町(ちくじょうまち)のある北九州地域とは?
九州最大の工業集積を誇る北九州地域。高い工業集積、 技術集積を有し、 鉄鋼、 化学などの基礎素材型産業に加えて、自動車、先端半導体、ロボットなどの加工組立型産業の集積が進む。
築上町の概要
築上町は福岡県の東部に位置し、周防灘に面した自然豊かな環境で、農林水産業が盛んなまち。複数の幹線道路が通っており、北九州市都心部へは車で約40分、福岡市都市部へは車で約80分。空の玄関口でもある北九州空港まで約20kmの距離。
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都内で培ったソムリエの経験を家業に生かす
奈良漬さろん安部の2代目を務める安部雄一郎さんは、ワインメーカー「メルシャン」に就職し、東京と名古屋で約10年間勤めた後、故郷に戻ってきた。現在は同店で製造から事務、販売、新商品の開発まで、すべての業務に携わっている。Uターンして家業を継ぐ転機となったのは、メルシャンに勤める傍ら尽力した「SALON DE AMBRE 奈良漬 × クリームチーズ」の開発。当時、ブランディングやマーケティングに関する部署に所属していたことや、ソムリエとしての知見を生かし生み出した新商品だ。
「漬物は日本の伝統食のひとつですが、それゆえに古いイメージを持たれがちです。つまり“奈良漬のまま”だと、若い方々に手にとっていただく機会は望めません。前職でワインに関わる仕事をしていたこともあり、“ワインに合う奈良漬”をつくれないか考えました。その結果生まれたのが、奈良漬とクリームチーズを融合させた『SALON DE AMBRE 奈良漬×クリームチーズ』です」と安部さん。同商品は、NIPPON OMIYAGE AWARD 2018で、食品部門の最高賞となる農林水産大臣賞を受賞するなど、いまや店の主力商品のひとつになっている。
地域性をオリジナリティで昇華
安部さんにとってのUターンは、地元の魅力を再発見し、さらに仕事の幅も広げる機会になったという。「高校生だった当時は、正直暮らしやすい町とは思えませんでした(笑)。ただ、いまでは車も運転できますし、小倉〜博多間を15分程度で結ぶ新幹線もある。北九州空港も近くですから、全国への移動にも困らない。高速道路も通っている築上町は交通の便がとてもいいんです。いま不便さは一切感じていません」。
さらに都市圏で10年以上暮らした経験から、地元の“食”の素晴らしさにも気付いたと安部さんは続ける。「海、山ともに近く、自然豊かな築上町は素晴らしい食材に恵まれています。地元の食材からインスピレーションを得ることも多いです」。
その言葉通り、2022年3月には、地元企業とコラボレーションし、地場の農園で栽培した梅を活用した「琥珀神(こはくかんさ)うめ奈良漬」、「梅きざみ奈良漬」を新商品としてリリースする。まさに“生まれ育った地への地元貢献”を体現する、循環型の商品だ。また、安部さんは「福岡県内はもちろん、全国の酒蔵の協力を得ながら、毎年違う酒蔵の酒粕を使用し、製造年を指定した奈良漬を“ヴィンテージ”と銘打って魅力を発信していきたい」と意気込む。
ソムリエの資格をもつ安部さんならではのオリジナリティと、福岡・築上町という地を拠点にしていることで生まれる地域の特色。こうした付加価値は、都市の魅力も、身を持って体感した安部さんならではの強みといえるだろう。
故郷・添田町に潜むポテンシャルを感じてUターン
中村有美子(なかむら ゆみこ)
1984年、福岡・添田町生まれ。大学卒業後、飲食業界で働き、兵庫・神戸で飲食店を開業。実家の醤油蔵が休眠後、その建物や文化を残すべく、イタリアンレストラン「ヒシミツ」を2017年にオープン。現在の目標は、シンガポールに添田町の食材を生かした飲食店を開くこと。
添田町(そえだまち)のある筑豊地域とは?
県の中央部に位置し、石炭産業で栄えた地域。現在は自動車産業の立地が進み、産業構造が大きく変化している。また、筑豊農業の活性化に取り組み、おいしい米づくりや特産のトルコギキョウ、野菜や果樹の生産が進められている。
添田町の概要
添田町は福岡県の東南部に位置し、北部九州最高峰の英彦山がそびえ、美しい自然が溢れる。北九州市都心部へは車で約1時間10分、福岡市都心部へは車で約1時間30分の距離。
福岡県添田町で、イタリアンレストラン「ヒシミツ」を営む中村有美子さんのUターンも非常にポジティブだった。大学進学を機に故郷・添田町を離れた中村さん。学生時代の飲食店でのアルバイト経験を生かし、社会人になってからも飲食業界で働くことを選んだ。その後、29歳の結婚を機に、ご主人と共同経営の飲食店を兵庫に開業。現在は、添田町に居を構えながら、関西に飲食店を3店舗展開するなど、経営者として才覚を発揮している。
中村さんの生家は、150年ほど続いた醤油蔵で、幼少期から祖父や両親の働く姿を見て育ったという。「祖父は醤油製造を継いでほしいと常々言っていました。ただ父が病気を患い、97歳まで現役を貫いていた祖父が亡くなったこともあり、醤油製造業をやめることになったんです。当時、両親は『醤油蔵を解体する』という決断をしていました」。
中村さんは、「祖父の希望は叶えられなかったが、蔵だけは残したい」と両親に相談。飲食店経営のノウハウを持っていたことから、蔵を改装したレストランとして再出発する計画を立てる。しかし完成までの道のりは厳しく、両親や周りの人々から猛反対を受け、「こんな田舎でレストランなんて、だれも来やしない」、「考え直してほしい」と毎日のように言われたそうだ。
それでも中村さんは、添田町のポテンシャルを信じ続けた。「神戸に暮らしていた時、休日は少し足を伸ばして、都会の喧騒から離れた環境でリフレッシュするのが好きでした。醤油蔵というほかにはない空間は、福岡市や北九州市など都市部に暮らす方々にとっては魅力的に映るという自信がありました」と、自らの意志を貫き、ヒシミツをオープン。いまや県内外から客足が絶えない人気店となっている。
添田町で気付かされた、立ち止まって考えることの大切さ
中村さんがUターンを決めたのは、妊娠・出産のタイミングが重なったことも理由のひとつだという。子どもをのびのびと育てたいと思っていた中村さんは、都市部よりも自然豊かな地域が適していると考えたそうだ。子育てという点も含め、添田町での暮らしはどのように感じているのだろう。
「刺激が多い都会で10年以上暮らしていましたから、最初はなにもしないことに慣れなかったですね。ただ、いま思うのは、がむしゃらに走り続けるだけではなく、一度立ち止まってしっかり考えることができる環境も大事だということ。子どもを育てるという意味でも、自然と都市部の距離がちょうどいい添田町に身を置けたのはすごくよかったと思っています」。
飲食業に携わっていたからこそ、あらためて地元のよさを強く感じたというのが添田町産の食材だ。「Uターン以前から帰省する度に、地元の野菜の美味しさに感動していたんです。添田町にずっと住んでいたら気がつかなかったかもしれません」。
中村さんが添田町にヒシミツを開く決意ができたのも、こうした食材があったからこそだ。「実は2019年12月、関西のイタリアンレストラン3店舗を、添田町の農作物や醤油を柱とした和食店へと業態変更したんです。屋号も『ヒシミツ醤油』に変えて。おかげさまで関西でもご好評いただいています」。
続けて中村さんは、「いま夫は関西、私は福岡の2拠点生活をしています。夫が月に1〜2回福岡に来て、私がたまに関西に足を運ぶという生活。不便はとくに感じませんし、添田町は福岡市や北九州市といった都市部との距離感もちょうどいい」とほほえむ。地元の魅力をほかの地域に発信するという中村さんのケースは、地元にとってもありがたい移住・定住といえそうだ。
一度、都市部に出たからこそ再発見できる地元の魅力。それこそがUターンの強みであり、安部さんや中村さんともに、自身の経験を武器に活躍のフィールドを広げている。IターンやJターンも同様で、移住者だからこその気付きや発見は多いはずだ。
福岡は、博多、天神、小倉といった都市の存在が目立つが、視野を広げれば、自然と都市のいいとこ取りができる地域が多く存在する。自分のやりたいこと、好きなことをかなえるために、福岡全域を移住先の候補として考えてみるのはいかがだろう。
福岡県移住・定住ポータルサイト
「福がお~かくらし」
「福がお~かくらし」
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photo=Kousaku Kitajima text=Tsutomu Isayama