周防大島の進化を旅する【前編】
いま訪ねたい、プレミアムなせとうち
瀬戸内海の西に浮かぶ「周防大島」。人口2万人に満たないこの小さな島はいま新しい産業を模索する移住者と島民の実験地となっています。それはまさに“島agri”といえる独自の展開。周防大島と人の織りなす軌跡を追う本連載。前編は島の美味を探ります。
高天原から地上に架かる天浮橋に降り立った夫婦神が、混沌の海原をかき回し、島々を産んだ──。古くは、古事記の“国産み”の神話に登場する「周防大島」。羽田から1時間半、最寄り空港への着陸前には、紺碧の海に点在する島々が見渡せる。陽光の中浮かび上がる群島に、魚の形を見つければ、それが今回の旅の舞台だ。
別名・屋代島とも呼ばれるこの島は、山口県の東南沖に位置し、外周は約160㎞。本土とは大畠瀬戸をまたがる大島大橋でつながる。島の中央部は山々が連なり、海岸部に向け丘陵地を利用した柑橘の栽培が盛んだ。特にミカンの栽培は、山口県の全生産量の8割を占める。そんな周防大島に、ここ数年、若手の農業家を中心とした移住者が集まっているという。彼らが目指すのは、里山資本主義に根ざした新しい経済。減農薬で生産した農産物に独自の加工等を施し、付加価値を与える“島agri”は、農業のあり方を刷新する新たな潮流だ。
島で「瀬戸内ジャムズガーデン」を経営する松嶋匡史さんは、この地に持続可能な経済的循環を築きたいという。「妻の地元の周防大島で夢だった事業を行ううちに、島の問題点が見えてきました。高齢化により農家が減り、生産物の価格も下落している。だから子世代に家業を継がせない。それが過疎化の要因だと」。
また、古くからこの島でミカン園を営む農園主・若林和夫さんは言う。「ここには気候も土地も、すべてが揃っている。だからこそ、新しい考えを理解し、ともに発展する必要がある」と。
明治時代には官約移民として、ハワイに赴いた歴史がある島の住民には、新天地に馴染む適応能力と、細やかな協調性がある。それが今、挑戦を試みる移住者との精神的な架け橋になっているのだろう。彼らの多くが、この島の居心地のよさに“人”を挙げる。
そんな周防大島の「島agriと人」をめぐる旅の記憶を紹介しよう。
島agriが生きた、美味しいもの
新しい世代の、新しい農産業がはじまっている周防大島。美味を求め、“島agri”が生きるスポットをめぐった。
減農薬の素材で1瓶ずつ丁寧に。
瀬戸内ジャムズガーデン
agriを代表するのは、脱サラした店主が開いた「瀬戸内ジャムズガーデン」。新婚旅行で訪れたパリのコンフィチュールの味が忘れられず、一念発起したという。「マネー資本主義的な世界観では、島での事業は成り立たないと思った」と店主の松嶋さん。単に農産物から製品をつくるだけでなく、無農薬や減農薬の果物を使うなど商品に付加価値を施すことが、地域の魅力をも底上げするという。「数十年前なら、僕のビジネスモデルは通用しなかったでしょう。でもインターネットの普及で情報発信ができるようになり、その情報をもとに島に足を運んでくれるお客さんが増えました。今後は、ここで得た手法をほかの地域にも提供していきたいです」。
瀬戸内ジャムズガーデン
住所|山口県大島郡周防大島町日前331-8
Tel|0820-73-0002
営業時間|10:00〜17:30(3月〜11月の土日祝、7月20日頃〜8月31日)、それ以外は10:00〜17:00
定休日|水、木曜(木曜はジャム販売のみ)
http://jams-garden.com
仲間と考え、ともに進化する。
みらいガーデンファーム
島で観光農園を開くのは、「みらいガーデンファーム」の山形さん。周防大島を知ったのは、かつて勤めていた企業が行った催しだったという。島に遊びに行くたびに知り合いが増え、かねてから興味があった農業に取り組めないかと考えた。「島人の紹介で足を運んだ耕作放棄地は、手を入れると美しい棚田でした。この農地なら、生活の原点といえる農業を未来につなげていけるのではと」。栽培はもちろん、減農薬で有機肥料のみを使用。皮までも安全なブドウを目指している。また、同時期に移住就農しマルシェを開く仲間や、島の古老との関係も良好。「島に関わる方々との意見交換も楽しみのひとつですね」。
みらいガーデンファーム
住所|山口県大島郡周防大島町西三蒲2053-1
Tel|090-3979-1371
営業時間|10:00〜17:00
定休日|水曜
開園時期|8月上旬〜10月上旬
https://miraigardenfarm.com
皮ごと食べる「みかん鍋」
お侍茶屋 彦右衛門 大島本店
丸ごとみかんが鍋に浮く、このインパクトのある鍋は、周防大島名物の「みかん鍋」。特産のミカンは、安全性の高い無消毒のものに限定し、観光協会が認定した焼印付きのものを使う。「みかん鍋は町おこしの一環で、島の皆で企画したものです。ミカンは皮ごと食べるので、残留農薬がないものを使用。収穫時期である冬季の限定なので、身体を温めてくれますよ」と話すのは、鍋を提供する「お侍茶屋 彦右衛門 大島本店」の天河さん。地産の魚介出汁は、コクがあるのにあっさり。お好みでみかん胡椒を絡ませて。
お侍茶屋 彦右衛門 大島本店
住所|山口県大島郡周防大島町土居1094-1
Tel|0820-73-1511
営業時間|11:00〜22:00(L.O.21:00)
定休日|木曜
www.chidori-group.co.jp/osamurai/
島のベテラン農園。
若林みかん園
大島大橋のたもとから車で5分強。小松地区の高台に農園を構える「若林みかん園」も減農薬と有機肥料主体のみかん作りを行なっている。「減農薬だと虫がつくことがあるが、傷んだミカンも肥料にして無駄にしない。海から届く風を樹木に通し、光と自然の養分で大切に育てています」と園主の若林さん。穏やかな瀬戸内海を眺めながらのみかん狩りは、心を解きほぐす時間に。
若林みかん園
住所|山口県大島郡周防大島町小松中ノ木808
Tel|090-9734-6844
営業時間|8:00〜17:00(最終入園は16:00)
定休日|開園期間中は無休
開園時期|10月上旬〜12月上中旬(果実が無くなり次第終了)
www.suouoshima.com/kanko/nouen/wakabayashi.html
安心できる原料を追求。
パン工房ワンハート
ハワイ島のソウルフード「ココパン」を逆輸入した形で製造するのは、「パン工房ワンハート」の嶋津朗暢さん。友人からココパンの美味しさを聞き、試作をはじめた。「ココパンは、甘く炊いたココナッツが入ったパンのこと。それを島の原料でつくれないかと」。完成したココパンはたちまち人気に。小麦粉は安全な県内産だ。
パン工房ワンハート
http://oneheart-oshima.com
※販売店舗は「道の駅サザンセトとうわ」など
以下は、道の駅サザンセトとうわについて
住所|山口県大島郡周防大島町西方1958-77
Tel|0820-78-0232
営業時間|10:00~18:00
定休日|水曜(祝日の場合は翌日休業)
https://sazan-seto.com
作り手の想いと出会える場所。
島のあさマルシェ
毎月第1、3土曜日に行われる「島のあさマルシェ」は、こだわりを持った農家やものづくり作家が対面販売を行う場。2014年にスタートした年1回の「島のむらマルシェ」を母体に2016年から開催している。発起人で養蜂家の内田さんは、東日本大震災を機に島に渡った移住組。「こだわり伝えたいというのが、きっかけでした。スーパーマケットで並んでいるものとは一味違う、その美味しさや魅力を伝える場所を自分たちで作ってみたかったんです」と内田さん。現在では15店舗ほどの店が顔を出す。「ここの風通しのよい空気を感じに来てほしいですね。いつも誰かがいて、ゆったりとリラックスした時間が流れている。そんな場所だと思います」。
島のあさマルシェ
住所|山口県大島郡周防大島町久賀1102-1
問い合わせ|info@muramarche.com
開催日|毎月第1、第3土曜
開催時間|10:00〜13:00
http://muramarche.com
text & edit: Sayaka Sena photo: Hiromitsu Yasui map: ALTO DCRAFT
2019年12月号 増刊「プレミアムせとうち案内」