空海の国宝書簡『風信帖』を再現する
「コロタイプ印刷」の職人技
東京国立博物館の特別展「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」で販売された、京都・便利堂が複製した空海の国宝書簡『風信帖』。目利きも驚くリアルな再現度の秘密を紹介します。
空海筆『風信帖』が日本の職人技でよみがえる!
真言密教を日本に広めた空海は「平安の三筆」として知られる能書家でもある。その空海の最高傑作のひとつが、最澄に宛てた3通の尺牘(せきとく/書状)を巻子に仕立てた『風信帖』(国宝・東寺蔵)だ。「 風信雲書自天翔臨」(ふうしんうんしょじてんしょうりん/最澄からの風の如きお便り、雲の如き御筆跡が天から私の所へ翔臨してまいりました)」という詩的な書き出しではじまる同作は、行書と草書を混ぜた行草体で記された美しい筆致が魅力。いまなお、書道の手本として愛されている。
特別展を機に、本作の複製に挑んだ便利堂は、19世紀半ばに誕生した「コロタイプ印刷」を日本で唯一受け継ぐ美術出版社。「コロとは膠(にかわ)・ゼラチンのこと。ネガ写真を焼きつけたゼラチン版をつくり、版画のような要領で印刷を行います。オフセット印刷のような網点がなく、連続階調で細部が表現されるため、筆線の繊細さやなめらかさが原本同様に再現できるのです」とコロタイプ・マイスター山本修さん。ルーペで見るとその鮮明さは歴然。繊細な筆跡の濃淡、紙の汚れや傷までもが緻密に複製されている。
ネガ撮影から補正、製版、印刷と全工程が熟練の職人の手で行われるコロタイプは、もはや複製という名の芸術作品です。
コロタイプ印刷の工程
写真撮影
原本の撮影をする。ポジ撮影の場合、大型カメラを使い原寸大のフィルムを使う。レンズに4色のフィルターを順番に装填し、この時点でおおまかな色彩の色分けを行う。
色分け・色調整
撮影したネガフィルムを見ながら、職人が必要な版数を決めるための色分けを行う。リアルな色彩やグラデーションを再現するため、鉛筆や筆でネガのレタッチも加える。
製版・刷版
ガラス板にネガフィルムを露光させる(製版)。そこに感光液が入ったゼラチンを塗布し、加熱するとゼラチン版が完成(刷版)。水で濡らすと凹凸が浮き上がる。
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印刷へ
世界随一の職人技「コロタイプ印刷」
19世紀フランスで発明された写真印刷技法で、ネガ写真を焼きつけたゼラチン版を使用する。鮮明さと耐久性に優れ、絵画の複製でも多く用いられる。1887年創業の便利堂は、独自の多色刷技術をもつ日本唯一の工房。
便利堂
住所|京都市中京区新町通竹屋町下ル弁財天町302番地
Tel|075-231-4351
www.benrido.co.jp
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text=Noriko Yamaguchi photo=Satoshi Yasukochi
2019年5号 特集「はじめての空海と曼荼羅」