中里花子さんの
「菜の花が咲く爽やかなうつわ」
高橋みどりの食卓の匂い
スタイリスト・高橋みどりさんがうつわを通して感じる「食」のこと。五感を敏感に、どんな小さな美味しさ、楽しさも逃さない毎日の食卓を、その空気感とともに伝える《食卓の匂い》。今回は中里花子さんのうつわを紹介します。
高橋みどり
スタイリスト。1957年、群馬県生まれ、東京育ち。女子美術大学短期大学部で陶芸を学ぶ。その後テキスタイルを学び、大橋歩事務所、ケータリング活動を経てフリーに。数多くの料理本に携わる。新刊の『おいしい時間』(アノニマ・スタジオ)が発売中
春の日差しを感じると、店先には菜の花が並びはじめる。まだ蕾が固くて、きゅっと束にまとめられたものを買い、たっぷり水を入れたボウルに浸ける。ゆったりと水を吸い上げはじめた菜の花は、蕾もゆるみ葉もしゃきっとし、ひと晩でちらほらと黄色い花が咲く。美味しくいただく前に、まずはこの春らしい景色を楽しみたい。
菜の花に限らず、家で葉ものを調理するときには必ずこのひと手間をかける。くたっとした野菜を炒めても蒸しても美味しくはならないから。この手間だけで、ただの野菜炒めが抜群に美味しくなる。
料理が先か、うつわが先かと聞かれることがあるが、こんなふうにいち早く春を味わいたいという気持ちがはやっていた日に、手元に届いたのは中里花子さんのうつわ展の案内だった。かねてから彼女の勢いある切れ味のいい作品がとても好きだったので、早々に個展に駆けつけた。
久々に訪ねたそこは友人夫妻のギャラリーで、小さくとも一面は大きなガラス窓で自然光がたっぷりと入る。ところ狭しと並べられた花子作品は、春めいた光の中で居心地がよさそう。その作品群にはいつもさまざまな顔つきがある。
そんな中で真っ先に手に取ったうつわは、モダンな片口で、白いベースにブルーの縁取りが爽やかな「ブルー皮鯨Almond Bowl」。ろくろ成形したうつわを柔らかいうちに指で引っ張って仕上げたものだという。力強くひかれて気持ちよく伸びたアーモンド型のうつわは、軽やかで楽しい気分にさせてくれる。
皮鯨とは、うつわの縁に鉄釉をかけて焼くと茶褐色に焼き上がるさまが鯨の皮身に似ているところからつけられたという、唐津からはじまった技法。
唐津で生まれ育ち、現在はその唐津とアメリカでの2拠点活動をしている彼女には必然性のある技法だが、それをコバルトで表現し、白地とブルーのコントラストとしたところが彼女らしいと思う。そのちょっとしたいまの気分を吹き込んでいるところも好きだ。頭の中にはすでに、菜の花のオリーブオイル和えが浮かんだ。
以前彼女から聞いた、「陶芸は料理と共通点があって、素材感を引き出すことが大事。あまりこねくり回さず、ささっと手際よく作業することを大切にしている」という話を思い出した。
このうつわには、若々しいグリーンの葉っぱと黄色い菜の花をさっとゆで、美味しいオリーブオイルと隠し味に少量の醤油をからめただけの和えものを盛りたいと思う。みずみずしい葉っぱがオリーブオイルとからんで、より艶やかに発色し、白地とブルーによく映える。目にも爽やか、つんとした青くささも味のうち、まさに春を食べるといったところだろう。頭の中には春の食卓が見える。
果たして白とブルーのアーモンドボウルには、菜の花のオリーブオイル和えがぴったりとはまった上に、気持ちまでがうきうきとした。
四季のある日本に生まれてよかったとは、食事のときに再認識すること。季節を目と舌で、味わう幸せを感じている。新もの揃いの春は忙しい。
text&styling : Midori Takahashi photo : Atsushi Kondo
2019年4月号 特集「ニッポンの新たな時代、どうつくる?」