FOOD

《白 Tsukumo(つくも)》
個性ある奈良素材や食文化を料理で表現
犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン

2022.11.25
《白 Tsukumo(つくも)》<br><small>個性ある奈良素材や食文化を料理で表現<br>犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン</small>

思いがけないところに、思ってもみなかったいい店がある。日本のレストラン文化はこんなに奥深い!と感激する店を探してきました!今回訪れたのは、個性ある奈良素材を季節の行事や神事をテーマに料理で表現する「白 Tsukumo(つくも)」。日本最古の都・奈良ならではの本物の料理の数々を紹介します。

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン、食文化を取材。特に日本の地方に注目。郷土料理を守るだけでなく、その土地の生産者とともに新しいレストラン様式に挑戦するシェフを取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員

奈良の歴史と文化を掘り起こし
独自の「深化」を目指す

テーマ
日本三大名月鑑賞地のひとつ、奈良の猿沢池で毎年中秋の名月の日に行われる「采女(うねめ)祭」。采女とは帝に仕える女官のこと。能の観世流の演目にもなっている。祭のフィナーレに采女に捧げられる「花扇」を題材にした。

食材
野菜や魚介類を扇形に盛りつけた華やかなひと皿。素材は写真の通り。さらにミョウガ、木の芽やフィンガーライムなどのアクセントになる薬味や基本の3種ジュレ(旨み出汁、土佐酢、一番出汁のクリアジュレ)がそれぞれの味を引き立てまとめる。盛りつけに要する時間は30分ほど。

うつわ
軽井沢の女流陶芸家・田端志音の作品「銀彩観世水大皿」。銀彩が湖面のように見える。

奈良には
知られていない素材や食文化が豊富にある。
それを、世に出すのも料理人の仕事

カウンター席の正面、グレーの壁は西原氏ゆかりの場所の土を使用

知人から「奈良におもしろい店がある」と聞いたのは1年ほど前のこと。店主の経歴も、独立して構えた店も、そして料理も型にはまらない。かと言って奇をてらった目新しさではないという。あらためて調べてみたら、確かに興味深い内容ばかり。店の名は「白」。店主の西原理人さんが目指す料理は「深化する」料理。「進化」ではないのがおもしろい! これはぜひ食べてみたい。本人にもぜひ話をうかがいたい。「いざいざ奈良!」と新幹線に乗り込んだ。

近鉄奈良駅から車で10分ほど。昨年6月に移転オープンした新店舗は飲食店には見えない一軒家だ。薄暗いアプローチを進み、店内に入るとそこは別世界。ほっこりした空間。樹齢200年の信州沢栗を使ったカウンター席は西原さんが仕切る舞台だ。とはいえ、緊張感ではなく、どこか優しい空気を感じたのは壁の素材にあった。和紙と土で整えられた壁には、西原さんゆかりの土地の土が塗り込まれているという。まず、その経歴からうかがった。

店主の西原理人さん。優美な所作に見惚れる

店主の西原理人さんは福岡生まれ、東京育ち。高校を卒業した翌日には京都吉兆嵐山本店で修業をスタートさせた。

「料理人になろうと決めたときから、最高の日本料理店で修業したいと思っていたので」

その日から10年、食の総合芸術といわれる懐石料理をじっくり学んだ。その後 、軽井沢の手打ち蕎麦の名店「蕎麦懐石東間」で料理長を2年務めた。その間、海がない長野県だからこそ思いきって海産物は使わない献立を考え、評判を得た。次はニューヨークへ!

京都の老舗生麩店「麩嘉」が出店する精進料理店の料理長を3年務めた。その間、ニューヨーク版ミシュランで二つ星を獲得。そして吉兆時代の先輩に招かれロンドン「UMU」で3年間働いた。

海外に出たことであらためて日本料理の成り立ちを理解できました。茶懐石は精進料理から生まれたということを知ったとき、自分の中で“深く知る”ことの重要さを実感しました」

それが「深化」という考え方のスタートだった。

2015年、奈良で独立を決めた理由は?

「実は妻の実家が奈良で、帰国のたびに立ち寄るうちにこの場所のよさに気づきました。京都では夏の祇園祭の時期にはハモ料理と粽を用意します。食と文化がとても自然に定着している。それに比べて奈良では食と文化の結び付きがそれほど強くない。自分が目指すのは奈良という土地に根ざした素材と文化、風習を結び付けた料理。自由な発想で料理ができるのではないかと思ったのです」

カウンター6席、テーブル2名×2卓の空間と別に個室1(3~6名)

店名は「白」と書いて「つくも」と読む。「白」は「ことのはじまり」、「つくも(九十九)」には「永遠」という意味を重ねている。一風変わった店だが、「奈良愛」にあふれた表現は多くの人を引き付けた。季節の行事や神事をテーマに、個性ある奈良素材を見出し、料理に落とし込む。「県や市から奈良の食文化を紹介するお仕事の依頼がきたり。生産者とのつながりも広がり、料理を考えるたびに新しい情報が得られるのでおもしろくて」。これこそが西原さんの目指す「深化」だ。時間をさかのぼり深く掘り下げる。その熱い好奇心を満たすのは、日本最古の都・奈良ならでは、本物だからだ。

現在20種指定されている大和伝統野菜は積極的に紹介している。テーマ、物語のあるうつわ選びにも注目したい。

店主・西原理人(にしはら・まさと)
1977年、博多生まれ、東京育ち。高校を卒業して翌日から「京都吉兆嵐山本店」に入店。基礎からじっくり10年。軽井沢の手打ち蕎麦屋「東間」で料理長2年、NYの精進料理店のオープニングから3年、ロンドン「UMU」で3年。帰国して2015年、「白 Tsukumo」で独立。グローバルな視野と、熱い探求心で奈良をべースに日本の食と文化を結ぶ

西原さんの仕事を支える強い味方たち

スタッフ
西原さんの両腕となるのが、サービス担当の奥さま・知子さん(右)。この秋から入店した高田幸希さん(左)。3人とも「京都吉兆」出身
うつわ時代もの、作家もの、物語を伝えるもの。うつわも「深化」の深さを証言する。写真のうつわは江戸時代末期に活躍した佐野長寛の写し
伝統野菜
大和橘。絶滅危惧種に指定された日本最古の柑橘。菓子に使用
軟白ずいき。栽培を復活させた木本芳樹さん。身の丈より長い!

奈良素材にだけこだわるのではなく、
奈良の風景が浮かんでくるような使い方に注目。

ある日のおまかせコース
昼夜とも同じ内容で月替わりのコース1本のみ。全9皿はひと皿の完成度はもちろんのこと、全体の流れも考えられた構成。また、いわゆる先付、お凌ぎ、お椀、お造り、八寸といった一般的な懐石料理のカテゴリーには当てはめず、独自の構成になっている。たとえば魚はお造りではなく“旬魚”と称する。「奈良は海なし県。そこで刺身に醤油とワサビの直球で勝負してもおもしろくない。奈良で出すなら藁で燻すところをお見せして、パチパチと藁が燃え、里山を思い起こさせる薫りも楽しんでいただきたい」。コースの中にこうした趣向をいくつか取り入れているのが特徴だ。自然体で素材に向き合い、生産者や食べ手の期待に応える丁寧な料理に徹している。

1.先附|芋名月 兎と神丹穂
里芋を蒸してつくる月見団子に、白醤油、ユズコショウ、ショウガ、東大寺行法味噌(東大寺秘伝の甘めの赤味噌)などを付けて味わう。兎がもつ神丹穂は赤い古代米で、明日香村の瀬川さんが育てた稲穂。その赤い米でつくられた酒・朱華を食前酒に。うつわ/永楽黄交趾皿
2.お椀|鱧松茸澄まし 結三葉 軟白ずいき
夏のハモと秋の松茸。季節の移り変わりを一品に込めた贅沢な煮物椀。ハモは湯引き、松茸は薄口醤油で香ばしい味を含ませて、たっぷりの出汁で味わう。添えてある軟白ずいきのシャキッとした心地よい食感は大和伝統野菜ならでは。うつわ/長寛写煮物椀
3.旬魚|戻り鰹 柳生炎舞炙り
カウンターの焼き台で柳生の里の黒炭と藁で燻した戻り鰹。藁の薫りが、里山の秋を思い起こさせる。五條の生産者・松浦さんの野菜の新芽の薬味。一緒に味わうことで口の中でさまざまな香りと味が完結。うつわ/今井章仁・鎚目八角皿
藁を炙って店内に薫りで“秋”を再現する。薫りは料理に対する最後のトッピング
4.羹|小さい秋(菊花蓮根、翡翠茄子、大和まな、銀杏、栗、湯葉)
9月9日の重陽の節句を表現。銀杏の葉の下には、菊形に切った蓮根に黄と紫の菊花の花びらを飾った菊花蓮根と翡翠茄子、大和まな。とろみのある湯葉で全体をまとめる。銀杏、薄くスライスした栗のチップをあしらった温かい一品。うつわ/有本空玄・志野向付
5.蕎麦|新そば
長野県内3カ所から仕入れる蕎麦粉を使ううちに、九一、二八の定番割ではなく、蕎麦粉8.5:小麦粉1.5の西原氏独自の配合にたどり着いた。名づけて八五一五蕎麦。0.5という微妙な違いはのど越しと食感にあり。うつわ/辻村史朗・備前角皿
6.風趣|花扇
懐石料理でいえば八寸にあたるコースのクライマックス。それにふさわしいボリューム感に圧倒される。料理としては「魚介と野菜のカルパッチョ」というが、素材だけで約25種。薬味が約10種といった贅沢な内容。うつわ/田端志音・銀彩観世水大皿
7.焼物|大和牛 菊花マッシュポテト 大和橘こしょう 菊菜
炭火で焼いた大和牛。上にのせたのは菊花のかたちにまるめた紫じゃがいもと紫にんじん。中央には日本最古の柑橘・大和橘でつくった橘胡椒が辛みのアクセントに。炭火焼はシンプルに素材を味わうひと皿。うつわ/辻村 塊・織部茶碗
8.御飯|きのこ御飯 漬物 赤出汁
締めのご飯は旬の素材を炊き込んだ土鍋ご飯。秋といえばキノコ! 天然の舞茸、香茸、松茸の3種類のキノコを使用。米は奈良の作付の7割を占める銘柄米・ヒノヒカリ。小粒だが甘みがあり、適度な粘りが特徴。うつわ/辻村 唯・窯変粉引茶碗 土鍋/中川一志郎
9.菓子|白最中(つくもなか)、イチジクワイン
「白」の焼き印が押された最中。中には大和郡山特産イチジクのセミドライ、粒あん、羽二重餅のモチモチ感を生かしたアイスクリームを積み重ね、和三盆を散らして味わう。同じく大和郡山のイチジク100%でつくられたワインを添えて。うつわ/原 清・黒漆輪花台

料理とともに奈良の地酒を楽しむ

奈良の日本酒は全体に優しいニュアンス。米の味わいを大切にした酒造りが特徴だ。ここでは常時6~8種ほど用意されているが料理によって他府県のものも出す。右から「春鹿華厳」1合3000円。純米大吟醸、華やかだが原酒だけにしっかりした味わい。「みむろ杉」1合1600円。ひやおろし、純米吟醸。酒米は雄町を使用。穏やかな吟醸香でほっこりした味わい。「櫛羅(くじら)」1合1400円。純米無濾過生原酒。山田錦の米の味わいがしっかりしていてアルコール度が強いが絶妙なバランスゆえ、飲むにつれていい感じに調和してくる

白 Tsukumo(つくも)
住所|奈良県奈良市紀寺町968
Tel|0742-22-9707
営業時間|12:00~、18:00~(一斉スタート)
定休日|月・火曜の昼、金曜の昼、月末不定休
料金|おまかせコース9品2万円前後(季節、仕入れで変動)
http://tsukumonara.com

text:Yumiko Inukai photo: Muneaki Maeda
Discover Japan 2022年12月号「一生ものこそエシカル。」

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